ホームランを狙わなかった理由
それをやろうとすると、どうしてもバッティングの確実性が下がり、出塁率に影響してくる。それでシーズン~本くらいのホームランを打ったところで、相手バッテリーはさほど怖さを感じないだろう。そういう選手の代わりはいくらでもいるから、調子の良し悪しや、相手投手との相性などですぐに入れ替えられる。監督やコーチから絶対に必要とされる、〝不動のレギュラー〟にはなれないのだ。
だから私にとってのスモール・ベースボールは、好きか嫌いかではなく、野球の世界で生き残るためにやってきたことだった。
面白いもので、自分がコーチという立場になったとき、今度は起用する側の視点からチームや選手のことを見るようになった。そこで実感したことがある。スモール・ベースボールは勝つためには絶対に必要。だけど、そう何人もいらない。レギュラーの中に一人、ないしは2人いたら十分。かつての中日ドラゴンズで言えば、私と荒木雅博選手の「アライバコンビ」がいたら、それで野球は成立する。
みんながみんな、スモール・ベースボールである必要はない。将棋のように、いろんな役割を持つ駒がバランス良く揃っていてほしい。そういうチームが本当の意味で強いし、見ていて面白味がある。
アライバが1、2番なら、1番を打つほうは塁に出るのが仕事。2番は点を取りやすい形を作るのが仕事。その作ったチャンスを、福留やタイロン・ウッズ、森野将彦といったクリーンアップを打つ選手たちが得点にしていく。スタメン以外にも、外野守備のスペシャリスト英智選手。終盤の代打の切り札としてミスタードラゴンズ立浪和義選手がベンチに控えていた。駒がいることで勝ちパターンが定まるし、戦い方に幅も出来てくる。
そして選手のほうは、自分がどんな駒であるのかをちゃんとわかって、試合のそれぞれの場面、局面で、自分の役割、やるべきことを考える頭脳、感性が必要だ。
体格的には決して大きくなく、何か特別な武器を持っていたわけでもない井端弘和という野球選手が、厳しいプロ野球の世界で生き残れたのは、野球を考える力、〝野球観〟を持っていたからだと思っている。