支給開始年齢引き上げが不可避になる
しかし、日本経済の現実の姿を見ると、実質賃金は減少している。
2019年財政検証の際には、この問題が十分議論されることはなかった。
しかし、2022年において大幅な実質賃金低下を経験した日本国民は、実質賃金の見通しに敏感になっている。だから、2024年の財政検証において、2019年の際と同じような虚構を押し通すのは、難しいのではないだろうか?
さらに、実際には、マクロスライドは、これまで十分に機能していない。今後も機能しない可能性が強い。すると、支給開始年齢引き上げが不可避になるだろう。
それは、人々が自力で準備すべき老後資金に、大きな影響を与えることとなる。
きわめて重大な問題なのに、議論されていない
以上をまとめると次の通りだ。
公的年金の財政見通しに影響を与える要因としては次のものがある。
第1は保険料・税の負担者数と年金受給者数だ。これらは、年齢階層別の人口によってほぼ決まる。そして、2040年までの期間に関するかぎり、もはや動かすことができない。
ゼロ成長経済を想定し、一人当たり給付が現在と変わらないとすると、20年後の給付総額は、保険料総額を大きく上回る。
第2の要因は、マクロ経済スライドだ。これによって一人当たり年金額が削減される。ただし、これによっても20年後の収支バランスは達成できない。
第3の要因は実質賃金の上昇率だ。年率1%程度の上昇が実現できれば、収支バランスが実現できる。
2019年財政検証は、高い実質賃金上昇率を仮定することによって、年金財政が破綻しないとの結論を導いているのだ。
しかし、この見通しは非現実的である。しかも、マクロ経済スライドの実施には、物価上昇率が0.9%を上回ることが必要だ。この制約があるため、これまでも機能しない年が多かった。今後もそうなる可能性がある。
すると、受給開始年齢の引き上げが必要とされる可能性が高い。
仮にそうなると、個人が自己責任で用意すべき老後資金の額は増大する。その影響はきわめて大きなものとならざるをえない。
これがきわめて重大な問題であるにもかかわらず、政府はこの問題を取り上げようとしない。野党も問題にしないし、マスメディアも問題としない。
しかし、この問題に正面から向き合わねばならない日が、いつか訪れるだろう。
文/野口悠紀雄 写真/shutterstock
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