制度に翻弄される看護官

災害派遣などでの自衛隊の看護師の活躍について、もろ手を挙げて称賛することは、かえって看護官を窮地に立たせることになりかねないので、その実態について正しく理解しなければならない。

防衛医科大学校病院を除く、各自衛隊病院で勤務しているのは正看護師の「看護官」だが、人数不足が深刻である。

戦争や作戦の科学的な分析や立案に際して考え方の基盤となる「戦いの原則」がある。

軍事作戦を成功させるための、経験則や格言、規範をまとめたものであり、その中に「簡明」行動の計画を簡潔かつ明快に準備しておく原則がある(1986年版米陸軍戦教範100-5)。戦場の混乱した状況では複雑なものは役に立たないからだ。

そのために防衛組織で必須なのが人的能力の標準化である。

自衛隊では「基本的基礎的事項」と言うが、正看護師であれば誰もが同じ能力を備え、その基盤の上にそれぞれの専門性を拡充しなければならない。

ところが図1-7「自衛隊看護師の種類」のように、陸上自衛隊で5種類もあり、さらには図1-8「陸上自衛隊看護師の勤務歴と種類の比較」のとおり、あろうことか主要な看護師の能力に違いがあるうえに、勤務経験と階級においてそれらが逆転してしまっている。

自衛隊医療従事者に辞めてしまう人が続出なのはなぜ? 編制定数・推定3000人必要なところに実際は1000人、任官辞退時に最高額約4800万円の返還義務が生じるのに…_3
図1-7 自衛隊看護師の種類。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』より

図1-8の数字は自衛隊の看護師養成機関の卒業者数などから算出した看護師の編制定数の推定人数である。編制定数が推定3000人近くいなければならないところ、実際は1000人と報道されているのであるから、看護師の人手不足は充足率30%台と深刻である。充足率が50%未満になると機能発揮はできない。

一般の病院では看護師長や管理職に就く40代以上の看護官が専門学校卒であり、自衛隊幹部の養成教育を受けておらず、しかも過半数を占める。看護主任クラスの30代の看護官から幹部養成教育を受けるようになるが、こちらも専門学校卒である。

一方、自衛隊では新人の看護官が防衛医科大学校卒であり、看護学の学位を有し幹部養成教育を受けてから各自衛隊病院に配置されてくる。

この能力と教育の逆転は看護官本人にとっては気の毒としか言いようがない。

看護官の中途退職者の退職理由の多くはさらなる能力向上のため、症例数の多い病院で勤務することや進学を希望するものだ。本来の教育を受けているべき、主任クラス以上の看護官に速やかに大学教育、幹部教育を受けさせ学位を授与すべきであろう。

自衛隊医療従事者に辞めてしまう人が続出なのはなぜ? 編制定数・推定3000人必要なところに実際は1000人、任官辞退時に最高額約4800万円の返還義務が生じるのに…_4
図1-8 陸上自衛隊看護師の勤務歴と種類の比較(2023年4月現在)。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』より