俺は何もしないのか、と突きつけられた

加藤 いとうさんはなぜ、MSFの取材を始めたんですか?

いとう MSFスタッフの半分がノンメディカル(非医療)であることを知って、びっくりしたんですよ。でも考えたら、現地でプレハブの診察室や手術室を作って、スタッフの泊まる宿舎も建てて、電気通してWi-Fi飛ばしてといったインフラの整備もして……のようなことはドクターではできないわけで、なるほどなと。それを伝えたら、興味を持つ人がいるに違いない、と思ったのが発端でした。

加藤 それはあまり知られてなくて、講演会などで話すと、驚かれる方が多いんです。ただ、普通は驚いただけで終わるわけですが、その先に進んだのは?

「国境なき医師団のスタッフの半分が非医療従事者と知って『俺は何もしないのか』と突きつけられたんです」いとうせいこうが加藤寛幸と語った“人道支援のリアル”_2
加藤寛幸。小児科医、人道援助活動家。2003年より国境なき医師団の活動に参加し、アフリカやアジアの他、国内の災害支援にも従事。2015年〜2020年、国境なき医師団日本会長を務める。

いとう ノンメディカルといったら俺もじゃん、となったんです。ノンメディカルでもやれるんだって聞いて、俺は何もしないのかと突きつけられた。と同時に、ここを掘っていくと面白い言葉が出てくるんじゃないかという、物書きとしての好奇心も湧きました。「戦争や紛争が起きました」は報道されても、そこで人々がどんな思いで何をしているかまでは報道されないから、それを伝えることが自分だったらできるのではないかと思ったんですね。

加藤 MSFが支援に入るのはやっぱり大変な地域が多いので、テレビ報道のスタッフなどはなかなか入れないんです。

いとう はい、僕が現地に行くと、宿舎のベッドの一つを、僕が占めてしまうわけです。僕ではなくドクターがいたら、もっとたくさんの命を救えるのではないか。だから緊迫した状況になったら、僕はすぐに帰らなければいけない。そういう難しい状況のなかで取材させてもらっていて、MSFには感謝しています。

加藤 「緊急医療援助」と「証言活動」が、MSFの活動の2本柱です。いとうさんがベッドの一つを埋められても、いとうさんが発信してくださる現地の情報が、次に命を救う力になっています。

いとう ありがとうございます。でもやっぱり僕が行ける国やエリアは限られていて、これまでに行ったのはハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダ、南スーダン、パレスチナ……。最近は危険な場所が増えていて、だからこそ、MSFの存在意義が増していると思うんですが、人道支援団体が攻撃されてしまうということも頻発していると聞きます。