アイアンマンら放射能によって正義の力を獲得するヒーロー像

キノコ雲の影響は言語にも及んでいる。言語は意識を制度化したものともいえるが、学校で教えない英語に「nuclear option(最強硬手段)」という表現がある。米連邦上院で立派に使われている議会運営上の裏ワザを示す業界用語で、議事運営規則の変更に必要な3分の2を確保しないで規則変更する政治手法を意味する。

また、「go nuclear」という俗語もある。ハメを外すという意味で、「原爆が炸裂するようにワイルドになる」という訳になる。ことほど左様に、原爆やキノコ雲のイメージや言説は米国社会に誇りとともに浸透しているのだ。

「キノコ雲」をシンボルマークにする学校も。バーベンハイマー騒動の背景にある、原爆投下を”ギャグ”にできるアメリカ人の感性_4

井伏鱒二『黒い雨』や中沢啓治『はだしのゲン』など、日本では原爆や放射能の恐ろしさを主題にした作品が多いが、米国のポップカルチャーシーンではスパイダーマン、アイアンマン、超人ハルクなど、放射能によって正義の力を獲得するヒーローが好んで描かれる。戦勝国アメリカでは敵国へのとどめの一撃となった原爆は正義というナラティブ(物語)がいまだに支配的なのだ。

それだけに、原爆投下の惨禍をどう世論に語るのか、いわゆる原爆ナラティブをどう制御するのかは、1945年当初からトルーマン政権が国内でも、占領国日本でも細心の注意を払わなければならない難題だった。

ここでは詳細に触れないが、日本ではGHQによる言論統制が有用とされた。つまり、原爆言説に関しての厳格な検閲体制で、これはアメリカにとって勝者の立場から比較的容易な方法だった。

問題は自国民への語り口だった。悲惨な原爆の実相をなるべく隠ぺいしたい。その世論工作の決定打として利用されたのは、教育関係者に多く読まれていた「ハーパーズ」誌に掲載されたスティムソン陸軍長官の「原子爆弾使用の決定」という論文だった。

その主要論点は「原爆投下は50万人の米軍兵士の命を救った」というもので、以後、この「公式見解」は戦後の米国人の「原爆神話」を決定づけたとされる。

ちなみに、論文掲載を主導したのは原爆開発の統括責任者を務めたジェイムス・コナントハーバード大学長である。原爆の悲惨な実相を活写したジャーナリスト、ジョン・ハーシー氏の『ヒロシマ』がすでに米国内でベストセラーになっており、この動きを潰すことが狙いだったとされる。