「親の努力」の厳しい現実
この研究について注意していただきたいことが二つあります。子どもの学力については、家庭の社会経済的状況が影響を大きく及ぼしていることが、近年の社会学的調査で明らかにされています。
家庭の社会経済的状況には親の収入や学歴がかかわっており、それ自体に遺伝の影響があって子どもになんらかの影響を及ぼすことがあるかもしれません。たとえば本を買ってあげられる収入や親の学歴に親自身が受けついだ遺伝の影響もあるかもしれず、それが子どもに伝わっているとしたら、純粋に読み聞かせの影響を図ったことにはならないのではないかという疑問が発せられても無理はありません。
実際、子どもの成績に親の収入や学歴が3.8%ほどかかわっていることが示されています。しかし前ページまででご紹介してきた研究の分析では、あらかじめ親の収入や学歴の効果を統計的に除去して行っています。
またこれはあくまでこの調査に用いられたサンプル(協力してくださった方々から得られたデータ)から算出された推定量に基づく結果ですので、ここで示した何%という数字がどんな人たちにもあてはまる定数のようなものではないということも心に留めておいてください。あくまでも親の与える家庭環境と子どもの学力との関係は、遺伝要因も絡めるとこんなに複雑であるということをわかっていただくためのものです。
この調査で扱ったほかの学年についても、結果はおおむね同じ傾向が見られました。すなわち子どもに読み聞かせや音楽を聞かせるなど文化的環境を与えること、そして子どもを支配しようとする暴力や恐怖ではない形でマナーや生活習慣をきちんと守った秩序ある日常生活を送らせようとすることは、子ども自身の遺伝的素質いかんにかかわらず、学力に一定の影響を及ぼします。
その影響力は、遺伝が50%に対してせいぜい5%程度と決して大きくはなく、親の努力が子どもの遺伝を乗り越えるほど影響しないことは、厳しい現実として受け止めねばなりません。しかし子どもの遺伝に加えて、親の働きかけがこれだけの影響力をもちうるという研究結果は、学業成績にかかわらず、重要な意味があります。
文/安藤寿康
#2『子供の学力に親の収入や社会階層がもたらす影響…多動・不注意傾向の子供に親が厳しくあたると「問題行動を引き起こしやすくなる」』はこちらから
#3『非行に走る子どもは遺伝のせいなのか、環境のせいなのか…15歳を境にくっきり分かれる「子どもが悪になる」要因』はこちらから