「カクハタ、君は僕の犬を二頭買うことができる」
話がまとまり選定のために犬を見に行った。ありがたいことに、完全にやる気を喪失しているアーピラングアは、どれでもいいから好きな犬を持っていけ、と投げやりなことを言ってくれる。
私も、やるからには世界最強の犬橇チームをつくる所存であったので、犬の顔、姿、毛なみ、挙措、人懐っこさ等々を仔細に吟味した。吟味したのだが、しかし極夜で真っ暗なので、よくわからなかった。
彼の犬はどうも身体の大きくない犬ばかりで、どれがいい犬なのか皆目見当もつかない。最初の五頭は今後、チームの中核になるわけだから、三歳から五歳の力のある犬が欲しいところだが、年齢も不明で、アーピラングアに訊いても、ただ唇をめくって歯を確認し、「たぶん五歳か六歳だ」と言うばかりだ。全部の犬が五歳か六歳なので、いい加減に答えているのはあきらかだった。
「どの犬が先導犬なの?」
彼は身体の黒い赤目の中型犬を指で示した。
イヌイット式の犬橇は人間が橇のうえに座って鞭や号令で指示を出し、前を走る先導犬が指示にしたがい、右に行ったり左に行ったり止まったりする。ほかの犬はその後ろに金魚の糞のごとくついていくだけなので、先導犬が指示を理解してくれさえすれば最低限の操縦はできる。
最初に先導犬がいるのといないのとでは雲泥の差だ。ゆくゆくは自分の手で先導犬を育成するつもりだが、最初の一頭ぐらい、経験のある犬を使っても許されるのではないか、と考えた。
名前を訊くとウンマターファ(ハート)というらしい。歯や目の状態を見るとほかの犬より年をくっていそうだが、人懐っこくて、見知らぬ私にも尻尾をふっている。ひとまずこの犬を選び、一緒につながれていた細身の黒灰色犬キッヒビアッホ(隼)も売ってもらうことにした。のこりの一頭は、アイドル系のかわいらしい顔立ちをしたカヨ(茶色)を選んだ。カヨはもともとアーピラングアの弟のオットーの犬だという。オットーは兄とちがってとびきり優秀な猟師なので、外れはないはずだ。
こうしてウヤミリックにくわえて三頭の犬がそろい、私は家でホッとくつろいでいた。と、そこに扉をドンドンと叩く音がした。
やって来たのはウーマという若者だ。
犬の名前、村人の名前、舌を嚙みそうな名前がつぎつぎと登場し、読者は混乱のきわみにあるだろうが、その混乱にさらに拍車をかけると、ウーマは私が親しくしているヌカッピアングアの息子で、小イラングアの弟である(ちなみにこの物語で大事なのは犬の名前で、村人は重要ではないので忘れてもらってかまわない)。二十代前半のなかなかのイケメンで、本当は猟師として暮らしたいのだが、いまの世の中、それでは現金が手に入らないので普段は店の従業員をしている。
毎日のように私の家に遊びに来る彼が、ぼそぼそ話しはじめた。
「カクハタ、君は僕の犬を二頭買うことができる」
その申し出に私は驚喜した、かというとじつはそんなことはなく、逆にとても困惑した。愕然としたといっても過言ではない。