「本当かよ……、いきなり成功したぞ」
オレンジ色の街灯がともる冷え冷えとした暗がりのなか、私はよたよたと五頭の犬のところへむかった。
犬たちがけたたましく吠える。
風はなく、快晴。といっても一月二十日のシオラパルクは極夜の真っ只中である。午前十一時とはいえ、空には星がにぶく瞬き、太陽は二十四時間姿を見せない。地平線の下からにじむ光は弱々しく、空が黒から群青色にそまる程度だ。
闇の世界でいよいよ犬橇開始となった。まずは犬の引綱を橇につなぐ必要があるが、初心者の私にはそれすら大仕事だ。
「アゴイッチ、アゴイッチ……」
〈伏せ〉という意味のイヌイット語を静かにつぶやきながら鞭をふるうと、ウンマとキッヒの二頭は大人しくうずくまった。
おお、言うことをきいてくれた……。自分の鞭の動きに犬がしたがうだけで、胸に静かな感動がひろがる。
つづいてカヨとチューヤン、ウヤミリックとのこりの三頭も無事、橇につないだ。
これで準備は完了だ。本番はここからである。
犬を走らせるためには最低限、犬の誘導ができなければならない。誘導は重要だ。グリーンランド式の犬橇は、犬が橇を引き、人間は橇のうえに座って指示を出すのが基本スタイルだが、乱氷や氷河の登りなどの悪場では人間が橇をおりて犬を導くことも多い。犬が私についてこないと話にならないのだ。でも逆にいうと、それは、犬の操縦が下手でも誘導に犬がついてきさえすればなんとかなる、ということでもある。
「アハ、アハ……」
〈ついてこい〉を意味する間の抜けた声を出し、私は鞭をふりながら岸にはりつく定着氷を歩きはじめた。伏せていた犬たちは立ちあがり、若干戸惑いを見せつつついてきた。
本当かよ……、いきなり成功したぞ。
最初は犬があっちこっち駆けまわり、収拾のつかない大混乱におちいると覚悟していただけに、私は内心大きな安堵をおぼえた。まるで魔法使いにでもなったような気持ちだった。ひとまず第一関門は突破である。