労働者を一生懸命働かせる「ただひとつの方法」
あだになっていると言えば、ここ数年、日本の勤労者の労働意欲が低下していることが指摘されている。かつて1980年代まで、会社への忠誠心が非常に高いというのが日本人像だった。それが今では完全に過去のものになっている。その原因は、日本企業が生産性に見合った賃金を必ずしも支払わなくなってきたからだ。
米国のジャネット・イエレン財務長官の学者時代の業績には、効率賃金仮説というものがある。賃金水準を生産性水準に比べて高めに設定すると、その労働者は割高の賃金水準を失いたくないと考えて、一生懸命に働く。忠誠心も高くなる。逆に、生産性に比べて賃金が低いと、忠誠心も低くなる。日本はいつの間にか、後者になってしまっている。
ほかにも、内閣府「世界経済の潮流」(2022年)は、様々に興味深いことを指摘している。米国はそもそも生産性が高まっていて、それが賃金を上昇させているが、さらに別の要因もあるという。それは労働市場の流動性である。
米国では、転職をして労働移動をすると、そこでさらに賃金が上昇する。内閣府は、アトランタ連銀の研究を引用して、継続雇用者に対して、転職者の賃金が高まるデータを紹介している。
それに比べると、日本は継続雇用を重視し、賃金が上がりにくい。技能職や管理職、経営層での雇用の流動性が極めて低く、労働移動によって賃金が上がることも起こりにくい。日本企業の賃上げには、競争圧力を通じた作用も小さいということだ。
この労働市場の改革を進めることは、日本企業が硬直的な賃金を変えていくことにもなる。仮に、外部労働市場(転職市場)が厚みを増せば、企業が過剰に雇用安定を重視しなくてもよくなるだろう。労働者側も、生産性に比べて賃金を支払わない企業を敬遠して、もっと優遇してくれる経営者の下に移ろうとするだろう。時間がかかるかもしれないが、日本人が安定重視を犠牲にして、柔軟に選択できる環境を作ることができれば、賃金は上がりやすくなるだろう。
文/熊野英生 写真/shutterstock
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