こうして連載がスタートしたマンガ版『ナウシカ』は一部で大きな反響をもって受け入れられたが、1982年8月に出版された第1巻は初版7万部のうち、2万部の在庫を残す結果となった。当時は、『週刊アサヒ芸能』が60万部を発行し、マンガ雑誌であれば24万から30万部が売れる時代。単行本の売り上げとして見ても、『ナウシカ』のこの結果は成功とは言い難かった。

しかし、売り上げとは裏腹に、同時代のマンガ家たちに与えた影響は大きく、当時、『AKIRA』を連載開始したばかりの大友克洋は、雑誌『バラエティ』1982年5月号で「とにかく宮﨑さんの絵のうまさね、人物の表情、デッサンがうまいという段階ではなくて、絵の見せ方を知っている。今のマンガが失っているマンガ本来の楽しさが、アニメをやっていた人たちの作品から出てくるのは、いったいどうしてなんだろう」などと、コメントしている。

また、少女マンガ家、竹宮惠子はマンガ誌『プチフラワー』1983年1月号の、「まんが家が選ぶ面白いまんがは」というアンケートで『ナウシカ』の名前を挙げ、後に「同業者としての直感で、『これはなにかちがう世界が始まるんだ』という予感がありました」と語っている。

ナウシカの源流

『風の谷のナウシカ』は、非常に複雑な設定とストーリーの作品だ。

舞台は、高度な文明が「火の七日間」と呼ばれるカタストロフによって滅んでから1000年後の地球。地表の多くは「腐海」と呼ばれる巨大な菌類の森に覆われ、人類はそこより発せられる有毒の瘴気と、巨大な蟲たちにおびえながら暮らしていた。辺境の小国「風の谷」の姫ナウシカは、人々から慕われながらも、鋭い感受性を持ち、人々が嫌う蟲たちにも愛情を注ぐ不思議な少女として登場する。

火の七日間で文明を滅ぼした巨神兵 © 1984 Studio Ghibli・H
火の七日間で文明を滅ぼした巨神兵 © 1984 Studio Ghibli・H

この『ナウシカ』のルーツは、宮﨑がずっと温めていた企画『ロルフ』まで遡ることができる。『ロルフ』は、古い城に住む王女と彼女に付き添う狼の話で、悪魔軍団を狼が倒して王女と一緒に遠くの国へ旅立つというストーリーだ。

宮﨑は、映画化にあたってこのお姫様を膨らませることを考えていた。そこで登場したのが「だらしない父親」と「一つの城のお姫様」という一対の要素だった。

宮﨑は『風の谷のナウシカ 宮崎駿水彩画集』に掲載されたインタビューで次のように語っている。

この『ロルフ』の映像化が無理だとわかった頃のことです。父親は生きていても役には立たない。とはいえ経験不足でおぼつかず、まだまだ父親に代わる任には耐えられない娘が、一国の運命と多くの人間に対する責任を否応無く背負わなければならない。その責任の重さにひしがれながら生きている主人公というのが、初めて僕の中に生まれたんです。それまで僕は、いかに自由であるかというキャラクターばかり考えていたんですね。

新しいヒロイン像は宮﨑の中で具体的な姿となって固まりつつあったが、一方で宮﨑自身は、このヒロインを中心に据えるとして、どういう映画ならふさわしいか、という点については、まだわからなかったと、このインタビューで語っている。

そこにマンガ連載の話が持ち込まれ、結果として、映画ではなくマンガという形式で、「責任を背負って立つヒロイン像」は具体化することになった。そこでは「だらしない父親」は「病で動けない父親」へと変化したものの、そのヒロイン像は、「風の谷」という小国の責任を一身に背負って谷をあとにする「ナウシカ」という具体的な姿となって登場することになった。