ソフィーが住んでいたのはドイツ帝国
『ハウルの動く城』は第一次世界大戦ともつながりがあり、舞台はアルザス。そして新しい科学技術により戦争を遂行している。すでにおわかりの方もいるとは思いますが、なかでもソフィーたちが暮らす国はかつてのドイツ帝国のことをあらわしています。アルザス地方は、第一次世界大戦勃発時点でドイツ帝国領でした。
1871年に成立したドイツ帝国は、科学技術の発展にも非常に積極的に取り組んでいました。具体的な例を挙げると、自動車産業を興したことで有名なダイムラーやベンツ、結核菌やコレラ菌を発見したコッホ、X線を発見したレントゲンなどもこの時代です。
また、ドイツ帝国として統一されるまでドイツは、それまでなかなか国家として統一されることがありませんでした。ドイツ統一によるドイツ帝国の成立は、当時の市民階級からすれば念願だったわけです。『ハウル』でも描かれていたように、貴族ではなく市民たちが軍人を応援し、自国の勝利を願うという愛国心が強く芽生えている時代でした。
「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」
そんなドイツ帝国ですが、第一次世界大戦で敗北を喫し、多額の賠償金を抱え、国家が崩壊してしまいます。実は、この「第一次世界大戦に負ける」という部分も『ハウル』と完全にリンクしています。『ハウル』の終盤で、サリマンが「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」と言います。紆余曲折あった物語がそれで突然に閉幕となるのはやはり宮崎作品にいつも見られる物語構造の破綻ですが、今回はその点は追及しないでおきましょう。
ここでサリマンがやろうとしていたのは、他国と「平和条約」を結ぶことによる戦争終結かのように見えます。しかし、本当は「私たちが負けました」と隣国に認める降伏条約でしかありません。
ソフィーたちの国土には大量の爆弾を落とされ、完全な焦土にされてしまう描写もはっきりと出てきますし、反撃する兵力も設備もほとんど失われてしまっています。
そもそも、冒頭の港のシーンで、歓声を浴びながら出航していった艦隊が、帰ってきた時には沈みかけてボロボロになり、1隻しか戻ってこない。そんな状況のなかで、サリマンをはじめとする国家首脳陣が自ら選べる選択肢は、降伏条約以外にないはずです。