視力を失う恐怖を体感
──作品を吟味して出演されているようですが、新作映画『SEE HEAR LOVE 見えなくても聞こえなくても愛してる』で演じられたのは、キャリアが順調に行き始めた矢先に視力を失った漫画家という、難しい役どころ。視覚障害の役を演じるにあたって準備したことを教えてください。
僕も実際に目隠しをして1日生活してみたのですが、自分の家にいるのに、目隠ししていると何がどこにあるのかわからない。普段の生活でいかに視力に頼っているかがわかりました。それだけに視力を失うというのは想像を絶する困難で、自分がそうなったら……と思うだけでも怖かったです。
リハーサルのときにも目隠しをして外を歩いたのですが、本当に声が頼りなんですよ。こんなに“聞くこと”に集中したことがなかったから、神経の研ぎ澄まし方がまったく違うんだろうなと思いました。この映画には視覚を失ったときに、何に気づくか、何を感じるかというテーマもあるので、実際に目が見えない状態を経験することで、少しだけですが、実感することができました。
──視力を失い、絶望した主人公・泉本真治の心情を理解する上で参考にしたことはありますか?
実際に、視覚障害のある方にお会いして話を聞く機会をいただきました。視覚障害にもさまざまなパターンがあり、僕が演じた真治のように途中から見えなくなる方もいれば、生まれたときから見えない方もいます。やはり見えていたのに視力を失った方は絶望を感じたそうで、真治のように途中で命を断つことも頭をよぎったそうです。
でもそこで支えになったのは「家族」だと語っていた方がいて、やっぱり救ってくれるのは“人”なんだと思いました。僕がリハーサルで目隠しをしていたときも、心細くてスタッフに頼りましたから。周りにいる人たちは大きな支えだと実感できました。
──メガホンを取ったのは、『私の頭の中の消しゴム』(2004)のイ・ジェハン監督。山下さんはジェハン監督のファンだと聞きましたが、一緒に仕事をされた印象は?
撮影中に感じたのは「小さいものが小さくないこと」です。例えば撮影で小物を撮るときや衣装を決めるとき、監督の頭の中に明確なイメージがあり、そこに到達するまでたくさんテイクを重ねるんです。衣装合わせでも監督のイメージに合う衣装になるまで何度も何度も衣装に袖を通しました。
僕がこれまで出演してきたテレビドラマでは、小物は小物扱いで「はい、オッケー!」で終わり。俳優のように丁寧に演出されることはなかったのですが、ジェハン監督の現場ではあり得ない。小物がまるで主役のように扱われていました。
監督はその小さな存在が作品にどれだけ大きな影響を及ぼすかということを知っている。俳優たちの表情、アングル、光など、すべてのことに関わってくる大切なものなんだとわかりました。
──すごくいい経験でしたね。
僕がジェハン監督の『私の頭の中の消しゴム』を見たのは高校生のころですが、今回改めて観て、本当に素晴らしい映画だと思ったし、監督と一緒に仕事をしたことで、ディテールへの細かいこだわりなど、当時気づけなかったことに気づくことができました。
だからこそ、ジェハン監督の映画は時が経っても色褪せないのだと思います。
──ジェハン監督の演出はいかがでしたか?
演技が良くても悪くても最低5テイクは撮りますと言われました。すべてのシーンでテイクを重ねて編集していくわけですから、作品が完成するまでの工程を考えると、何百何千の組み合わせがあると思うんですよ。役者の表情、声のトーン、映像の陰影など、壮大なパズルを組み立ていくような感じだと思います。
それが最終的に最高の形でバチっとはまるのは奇跡的なことかもしれない。監督の仕事のすごさをのぞかせてもらったし、僕にはできない(笑)。監督することに興味がないわけではないのですが……あと5年くらいはないな、と思います。