近年注目の韓国SF小説の翻訳出版が相次ぎ、キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』、チョン・ソンラン『千個の青』、ぺ・ミョンフン『タワー』などなど経済格差、気候変動、障がい者問題などさまざまな社会問題を掘り下げる問題作が日本の読者を魅了してきました。

その魅力の根源には何があるのか。
韓国SFをけん引してきた『となりのヨンヒさん』の著者チョン・ソヨンさんに、日本の作家・翻訳家の松田青子さんが質問を投げかけます。


撮影/神ノ川智早 構成/すんみ 通訳/李希京 (2023年4月15日 神保町にて収録)

【前編はこちらから】

松田青子さん(作家)が、チョン・ソヨンさん(SF作家)に会いに行く【後編】_1
左:チョン・ソヨンさん 右:松田青子さん
すべての画像を見る

社会参加型の韓国SF小説

松田 『となりのヨンヒさん』を読んでいると、特に社会という大きなシステムに抗いながら生きている人の姿が心を打ちます。
 例えば、「一度の飛行」ではテスト飛行で訪れた開拓惑星から帰らずに、違う生き方を選択した登場人物が描かれ、「開花」は危険分子として刑務所に投獄されてしまった姉が、検閲のない無線情報網をみんなに提供するために、有機体のルーターになっている花の種を配り続けていたことを、妹が語ります。「雨上がり」は、自分の世界でない場所で十三歳まで生きてしまった女の子を、実はバランサーという立場にいる担任の先生が、彼女の居場所はここではないと気づいて、もとの場所に戻してあげるという物語です。その担任の先生は、自らもそういった過去を持ち、自分の陰の仕事を誰にも伝えずに、ただ先生として困っている子を助けてあげる存在です。
 以前、お友だちだとおっしゃっていたと思うのですが、チョン・セランさんの『保健室のアン・ウニョン先生』も、誰にも労わられなくても、誰にもわかってもらえなくても、困っている人たちを助けようとするアン・ウニョン先生の奮闘が描かれていますね。どちらの作品も、しんどくても、社会のためにやり続けるという、小さい戦いを日々積み重ねている人たちの物語だと思います。まさにそういう活動をチョンさん自身もされていますが、今の韓国の同年代の作家さんには、そういった意識が共有されているのでしょうか。

チョン そうですね、全体的にはどうかわかりませんけども、SF作家はそういった意識が強いと思います。韓国のSFというのは社会参加的な文学という意識が強いんですね。例えばさっきお話に出たチョン・セランさんも環境にやさしいSF小説を謳っていた『地球でハナだけ』など、初期の作品から気候変動についての話をずっとしていました。私もその気候変動についてはチョン・セランさんやほかのSF作家の話によって知ることができました。
 それから、現在韓国SF作家連帯の代表をしていて、『呪いのウサギ』という作品でブッカー賞の最終候補にもなったチョン・ボラさんは、小説家ですがデモ活動にも力を入れています。

松田 すごいですね。

チョン 彼女は、延世大学を相手取って訴訟を起こしています。延世大学で講師をしていたときに、授業の準備については全く講師料に配慮されていなかったということで。しかし教授になるためには、評価がよくなければいけない。そういったシステムに対して彼女は反対の声を上げました。SF作家ならではの行動だと思います。

松田 韓国では、SF作家の方々は作品の外でも積極的に行動されるんですね。

チョン そうですね、繰り返しになりますが、SFというのは世界を扱うものです。世界に参加して、それが正しいかどうか、不合理なところはないのか、そういったことを見つけ出し、それを読者に示すというのがSF作家の使命だと思います。社会問題への意識という意味では、韓国のSF作家はジェンダーニュートラルに極めて重きを置いてもいます。

松田青子さん(作家)が、チョン・ソヨンさん(SF作家)に会いに行く【後編】_2
松田青子さん

ニュートラルなジェンダーの描き方

松田 三年前にお会いできなかった後に、「週刊文春」の韓国特集でいくつかチョンさんにご質問させていただいたんですけど、その時に、「作品を書くうえで気をつけていることはありますか」という質問に、チョンさんが、ジェンダーニュートラルで書くことに気をつけていて、外見もあまり書き込まないようにしているとおっしゃっていたんですね。韓国語はジェンダーニュートラルな代名詞で「彼」「彼女」「それ」を区別せずに表すことができるので、それが可能ですと。
 その後、長引くコロナ禍の間に、韓国語をオンラインで二年間学んだのですが、チョンさんのその言葉を時々思い出していました。韓国語で小説を書くからこそできることがもしあるようでしたら教えていただきたいなと思います。

チョン ジェンダーニュートラルで書くことができる一方で、韓国語には関係を示す言葉が多いという難しさがあります。
 私の小説には多くの女性が登場しますが、韓国語ではそれぞれの登場人物の関係性が言葉で示されてしまうので、あらかじめ人物同士の関係を決めておく必要があるのです。

松田 あらかじめ性別や関係性を決めていないと、書くことが困難な部分があるということですね。だからこそその中で、登場人物たちの外側から規定される言葉をできるだけ使わないようにして、ジェンダーニュートラルに気をつけて書かれていると。

チョン そうですね。できるだけ性別を決めないで、男性、女性というのを考えずに書くようにしていますが、どうしても決めなくちゃならないというときは、基本、女性として書いています。多分、韓国のSF作家はそういうふうな書き方をしている人が多いと思います。韓国のSFは、ほとんどがそういう男女差を出さなくても話を紡いでいけるようなストーリーです。

松田 日本語も主語を抜いて書けばいいので、私もやるんですけれども、私は意識的に女性の物語を書こうとしていたところもありますね。

チョン 女性の物語が必要なところもあると思います。ただ、これは韓国のSF作家にとってとても幸いだったと思うのですが、韓国のSFというのは必ずしも女性の話をしなくてはいけないジャンルではありません。そういったことはSFに限らずチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』などの作品でも扱われる問題意識です。

松田 そうですね。でもSFを女性の物語としてではなくジェンダーニュートラルで書いても、やはりそれは女性に響く物語になり得ますよね。ジェンダー規範や固定観念から解き放たれている物語として。

チョン あと、韓国SFはフェミニズム的な傾向というのも強くあります。また韓国SF作家連帯はウクライナ戦争が勃発した際に、戦争反対というメッセージをウクライナ語で発信しました。

松田 韓国ではどうしてSFにこういったジェンダーニュートラルだったり、政治的だったりする傾向が生まれていったのでしょうか。

チョン たしかに普通SFと言うと、男の子が冒険をする割合が大半な気がしますね。韓国にSFが入ったのは、海外の作品が翻訳されてからですが、海外で六〇年代、七〇年代にはやっていた、ニューウェーブと言われる実験的なSF作品が、九○年代に最初に翻訳されました。
 韓国のSF作家は、自分たちもSFを読んでから書くようになったわけですけれども、彼らが読んだSF小説というのは、冒険たっぷりものではなくて、世界を語るとか、フェミニズムの物語とか、そういったものを読みながら成長したんです。だからSFというのはそういうものだと思っていたんですね。ですから私の世代までは、そういった海外のSF作家の翻訳を読んでいましたが、短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』で知られるキム・チョヨプさん以降の世代は、海外の作品より韓国国内の作品を読んで育ったっていうふうに言っているんです。

松田 なるほど。

チョン 韓国と日本のSFについては、日本のSFというのはあまり翻訳されていないんですけど、その理由について考えてみますと、マーケットの方向性が違うように思います。日本にも韓国のSFと同じような路線の、それに合ったような作品があると思うんですが、市場の形成自体が日本は違っているんでしょうね、多分。

松田 韓国の作家さんは多くが政治的だというふうにおっしゃっていて、そこもやはり日本とのギャップを感じました。日本は文学とか音楽とか芸術が、政治的であることを嫌う傾向があると思うので。とはいえ、それでも日本にも政治的な作家さんはたくさんいますし、今本当に社会的にいろいろとひどい状態なので、政治的なことに非常に敏感というか、意識的な人がどんどん増えています。そういう人たちがチョンさんやほかの韓国の作家さんの作品に共鳴しているのだと思います。

チョン 先ほどから話している韓国SF作家連帯というのは二〇一七年に、私と、それからほかのSF作家とで立ち上げました。最初は、本当は組合を作ろうと思ったんですね。ただ、使用者というのが定かではないので、そのままユニオンという英語の名前をつけて、それで連帯にしたんです。作家のための権利保障ですとか、原稿料の値上げですとか、社会運動ですとか、そういったことをするために作りました。
 今、韓国SF作家連帯の会員は七十人弱です。

松田 すごく大切なことばかりですね。

チョン そうですね。例えば契約書をお互いに見せっこして検討し合ったり、また、こういった条件は飲んじゃ駄目と教え合ったり。私は初代代表だったんですが、一年に一回講義を行ったりして、例えば契約期間を七年にしてはいけないといった話をしました。

松田 今の韓国のSF作家さんたちの在り方に対する反対勢力はあったりするんですか。

チョン 韓国のネットでよく見かけるいわゆる「アンチフェミニスト」たちがいます。彼らは本当に韓国のSF作家のことを忌み嫌っています。例えば作品の評価を十点満点の一点しかくれないとか。登場人物が女しかいないとか、女しか出てこないとか、そんなコメントをつけたりもする。

松田 韓国SF作家は女性が多いんですよね。

チョン 韓国のSF作家も半分以上女性ですし、読者も圧倒的に女性が多いです。

松田 私はあまり日本のSFの状況に詳しくないので、勝手なことは言えませんが、作家も読者も圧倒的に女性が多いというのは日本とはだいぶ違うような気がしますね。

松田青子さん(作家)が、チョン・ソヨンさん(SF作家)に会いに行く【後編】_3
チョン・ソヨンさん

松田 韓国のSFにも『スター・トレック』的な、壮大なスケールの作品を書かれる方はいますか。

チョン 完全にその方向ではありませんが、宇宙を題材に多くの作品を書いている作家はいます。ヘ・ドヨンという作家で、天文学の研究をされている方です。今はさっき言った韓国SF作家連帯の副代表ですが、彼は宇宙に関する話以外あまり書きません。

松田 SF作家に女性が多くて、ファンにも女性が多いというのは、やはり社会に対する問題意識やジェンダーやフェミニズムについての意識を持っている方に女性が多いということなんですか。

チョン そうですね、どうしてもそうなりますね。女性が負担を感じずに読めることが、信頼を得ています。

松田 今日はお話しすることができてとても幸せでした。本当にありがとうございました。

関連書籍

松田青子さん(作家)が、チョン・ソヨンさん(SF作家)に会いに行く【後編】_4
となりのヨンヒさん
集英社
定価:本体1,800円+税
松田青子さん(作家)が、チョン・ソヨンさん(SF作家)に会いに行く【後編】_5
自分で名付ける
集英社
定価:本体1,600円+税
すべての画像を見る

オリジナルサイトで読む