黙って微笑んでいるだけのヒロイン
「今日はもうはっきりさせようぜ」と酪酎くんは途切れず、あくまで我が道を行き続ける。
その間、テーブルから垂れる麺やスープの大惨事を、店員さんと一緒に必死に片付けたり拭いたりしていた女子がひとりいた。
ちょっとふっくらした、見るからに人のよさそうなその女子が
「そんなことよりさ! ここ片付けてみんなでボウリング行こうよ! ボウリング!
♪ボウリング場でカッコつけ〜て♪ これ誰の歌だっけー?」
「なにっ! ボウリングか? オレはな、うまいんだぞ」
ああ、もう、お前はボウリング嬢の好意に気づけよ。
だが! ここまでの顛末を眺めていて私が一番怖かったのは、酩酊くんの怒りのもとである、そもそもの「ユウコさん」その人なのであった。
修羅場と言ってもいいこの間、当のユウコさんはうっすらと笑みを浮かべたまま一言も発さずにいたのだ。
その口角は間違いなくちょっぴり上がっていて、うっすらと微笑んでいる。
自分の席に座ったまま微動だにせず、目の前の自分のラーメンからほぼ視線を動かさず、微笑みを浮かべているのだ。
ボウリング嬢が必死にテーブルを片付けたり、場を取り繕おうとしているのとは、ひどく対照的だった。
このユウコさんとやらは茶髪ゆる巻きロングヘアにパステルカラーのニットで、かつての赤文字系女子を彷彿とさせるいで立ち、かたやボウリング嬢もファッションテイストはほぼ同じながら、ややぽっちゃりと柳原加奈子ちゃん的な人のいい感じ、というのもハマり過ぎていた。
でも少しカラダ絞ったら、顔だちはボウリング嬢のほうが整ってるかも、がんばれ、加奈子。
ちなみにこのボウリング嬢は酩酊くんに自分の上着にラーメンスープをこぼされてんのに、彼をまったく責めてなかった。えらいぞ、加奈子。
あの甲斐甲斐しい片付けっぷりといい、おい、酩酊、とっととユウコはあきらめてボウリング嬢にシフトチェンジしろ、とは本当にいらぬお節介である。
これが魔性というものか
だがしかし、これが魔性というものであるか。
おそるべし、ユウコ。
その後、ユウコのことをどうするんだという話に戻ってはクダをまく酩酊くんに責められ続けたユウコの本命相手と思しき男子1名はつぶれて寝てしまい、私らは無事にラーメンを食べ終わったので店を出た。
いやー、昼からすごいもの見た。何度も言うけど、このドラマのステージは普通の町のラーメン屋さんだ。
そして、最後までユウコさんの声は聞くことが出来なかった、無念。
ここからはまったく勝手な私の推測だが、ユウコさんはどうやらサークル(?)内の2人の男子を手玉にとり、どっちにも思わせぶりだったんだけど、結局そのうちの1人とくっつき、それが酪酎くんの知るところとなって大惨事、って感じではないだろうか。
そんでもってコウコさんの脳内には、♪けんかをやめて〜♪が流れてたんじゃないだろうか。
(あ、なんか今ユウコ、悪い女?)
(でも、なかなかどっちも選べなくて)
(酩酊くん、なんとなく察してくれたらフェードアウトできると思ってたのに)
なーんて思ってたとか。
モテ期、堪能してたとか。
お店の外に出てダンナにすぐに声をかけた。
「いや〜〜すごいもの、見ちゃったね〜〜!」
「なに?」
「ええ! あのグループの痴話喧嘩だよー!」
「そんなん、あったか」
「え! だってコップとかラーメンとか飛び散ってすごかったじゃん!」
「ああ、それは見てた。あとはなんかめんどくさそうだから、見てない。知らん」
そういえばこいつ、ラーメンが来るまでずっと新聞読んでたわ。
世の中にはこんな人もいるんだな、と20年以上連れ添った相方に少々驚いたし、ちょっと残念だった。
だってこういうのって、一緒に見てた人と語り合って反芻したいのにさ、ちぇっ。
※この事件に遭遇したのはかなり前で、人物が特定できないよう、シチュエーションや舞台はかなり修飾しています。あくまでセミノンフィクションとしてお読みください。
文/集英社オンライン編集部