直木賞を受賞した今だから気をつけていること

―― 朔を取り巻く人たち……相棒の新城や庭の番人・源さんのエピソードもところどころで語られ、物語の謎の部分が少しずつ埋まっていくようでした。このシリーズが続くことを期待してしまうのですが。

 書くとしたら朔の過去編でしょうか。新城を主人公にしたスピンオフもいいですね。今回は香道の取材もしたのですが、枚数の関係で入れられなくて残念だったので、それも書いてみたい。ただ最初に言ったように、このシリーズは私にとって特別な場所。ふるさとのように大事に思える作品だけに、書くのが楽しいからといってやっていいのかという気持ちがあるんです。

―― 千早さんの好みや感覚が投影された世界観だからこそ、という意味でしょうか。

 そうですね。直木賞を受賞した今だからよけいに「楽をしてはいけない、無自覚に甘えてはいけない」と思っています。プロである以上、自分に課題を与えて負荷をかけないと書く筋力が落ちていくばかり。話に聞いていた通り、受賞後はすごく忙しくなりましたが、ひと月に何枚と決めている執筆量を下回るのもこわいんです。編集の方から「連載を休みますか?」と聞かれますが、「休みません」と言って無理をしています(笑)。

―― お忙しい毎日のなかで、自分を保つためにやっていることはありますか。

 朝起きるとまずお湯をわかして、香りのいいお茶を淹れることです。一日の最初は、胃が荒れないようにハーブティーを飲むことが多いですね。旅行にも持っていきます。日常と執筆の切り替えにも、お茶の香りを使っています。

―― 千早さんにとって香りは、必要不可欠なものなのですね。

 外から帰ると、すぐに玄関でハーブのスプレーをシュッシュッとやるのが習慣。香りで結界を作っています(笑)。湿度が高いとにおいが伝わりやすいから、これからの季節は出かけるのがちょっとつらいんです。雨の日はバスに乗らないようにしているくらい。新幹線のにおいも苦手で、コロナ禍関係なくマスクなしでは無理なほどです。

―― 街から人が減り、「密を避けるように」と言われたコロナ禍は、においという点では楽だったのでしょうか。

 そうですね、人ごみは苦手ですし、ひとりで黙って街を歩いていると、いろいろな人の生活臭が押し寄せてきて、呆然とすることもあるので。ただ、人と喋っていると、脳が切り替わるのか嗅覚情報は少し減ります。新城みたいにタバコくさい友人もいますよ(笑)。

赤い月の香り
著者:千早 茜
ずっと「正しい執着」について考えていた気がします 第168回直木賞受賞後第一作『赤い月の香り』千早茜インタビュー_2
2023年4月26日発売
1,760円(税込)
四六判/224ページ
ISBN:978-4-08-771832-4
-天才調香師は、人の欲望を「香り」に変える——。
直木賞受賞第一作。『透明な夜の香り』続編!

「君からはいつも強い怒りの匂いがした」
カフェでアルバイトをしていた朝倉満は、客として来店した小川朔に、自身が暮らす洋館で働かないかと勧誘される。朔は人並外れた嗅覚を持つ調香師で、その洋館では依頼人の望む香りをオーダーメイドで作り出す仕事をしていた。
朔のもとには、香りにまつわるさまざまな執着を持った依頼人が訪れる。その欲望に向き合ううちに、やがて朔が満を仕事に誘った本当の理由が分かり……。
香りを文学へと昇華させた、第6回渡辺淳一文学賞受賞作『透明な夜の香り』に続く、ドラマチックな長編小説。
amazon 楽天ブックス honto セブンネット TSUTAYA 紀伊国屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon
透明な夜の香り
著者:千早 茜
ずっと「正しい執着」について考えていた気がします 第168回直木賞受賞後第一作『赤い月の香り』千早茜インタビュー_3
2023年4月20日発売
704円(税込)
文庫判/288ページ
ISBN:978-4-08-744509-1
香りは、永遠に記憶される。きみの命が終わるまで。
新・直木賞作家が紡ぎだす、秘密の香り。
「言葉の意味を越えて、嗅覚が際立つという稀有な体験をさせてくれる小説である。」小川洋子(解説より)

元・書店員の一香は、古い洋館の家事手伝いのアルバイトを始める。そこでは調香師の小川朔が、幼馴染の探偵・新城とともに、客の望む「香り」を作っていた。どんな香りでも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。一香は、人並み外れた嗅覚を持つ朔が、それゆえに深い孤独を抱えていることに気が付き──。香りにまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。
amazon 楽天ブックス honto セブンネット TSUTAYA 紀伊国屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon

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