初回聴取率が0.1と爆死も

TBS『JUNK』名物プロデューサーが「番組づくり」の極意を学んだ芸人とは? 寝ている妻への検証企画や超ヘビリスナー「定吉さん」いじりも_2

大きな転機が訪れたのは2004年。「雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!」がJUNK枠に昇格した。ところが、初回聴取率は0.1と爆死。何がいけないのか、そればかり考えていた。「伊集院光 深夜の馬鹿力」のプロデューサー兼ディレクターの池田卓生さんから「『アメトーーク』がおもしろいのは、2人がゲストを活かすうまさにあると思う」とのアドバイスをもらい、僕は雨上がり決死隊の2人に球を投げ続けた。

蛍原さんはテレビでは宮迫さんのフォロー役にまわる“じゃない方”的な立場のことが多かったが、ラジオだとお構いなしに羽を伸ばす。その羽の伸ばし方がクレイジーで楽しい。「パクチパクパク」という謎のフレーズを放送で多用していたときのこと。意味不明すぎるが、蛍原さんはなんで伝わらないの? みたいな顔をする。

ちまたの人々に通じるか確かめる企画をしようと話し合った。蛍原さんが街に出て、人々に「パクチパクパク」と挨拶する。即答で「パクチパクパク」と返事をしてくれる人(=共鳴してくれる人)はいるのか? という実験ロケ。蛍原さんと僕でDATを担ぎ、浅草や秋葉原に出かけた。テレビでMCもする雨上がり決死隊の蛍原徹が浅草寺やメイドカフェに出かけ、頭のおかしいロケをしてきたという事実、テレビの売れっ子がラジオにも全力投球している姿を示すことが大切だった。