「ED」という用語はマーケティングのために生まれた
だが、この薬を「みっともない薬」と見なす社内の空気は変わらなかった。男性は恥ずかしくて店頭で注文できないだろう、と異を唱えられた。誰だってわざわざ弱みを晒し、性的不能者だと名乗りたくはない。
しかしルーニーは、それが本質的な問題ではなく、単に言葉の問題だとわかっていた。そこで「勃起不全(ED)」という用語が生みだされた。これは、従来からあった医学的診断名ではない。1990年代に、医学ではなくマーケティングから生まれた、医学的な響きを持つ婉曲表現なのだ。
この「くだらない薬」が発売されることはないだろうと、社員の半数はまだ思っていた。し かしルーニーとサルは、社内の抵抗さえ乗り切れば、やがて誰もが目を覚まし、これが儲かるビジネスだと気づくだろうと考えていた―が、そうはいかなかった。サル博士は、社外でも、少なくとも社内に匹敵する激しい抵抗に遭うことに気づいた。あらゆる宗派の指導者たちが抗議の意を示したのだ。保守的な議員たちは、ED治療薬が保険適用になることが気に入らなかった。まるで悪夢だ。2人には、世界じゅうが敵に思えた。
だがルーニーには目算があった。この薬を世に送りだすには、マーケティング的には邪道とも言うべき、徹頭徹尾あり得ないことをやってのける必要があると考えていた。そして、この商品を売りだす最善の方法は―信じられないことだが―可能な限り話題にしないという結論にたどり着いた。
研究開発や治験に莫大な資金が投じられてきたのに、FDA(米国食品医薬品局)の認可が下りるまではいっさい宣伝活動をしない。正気とは思えない奇策だったが、妨害を避けるにはそれしかなかった。そしてそれは見事に功を奏した。