内なる自然(ピュシス)に気づく

坂本 よく思うのは、僕たちが住んでいるニューヨーク、あるいは東京という大都市では、大きなビルは硬い頑丈なガラスで自然が遮断されてしまっているし、見渡すとほとんど人工物しかなくて、申しわけ程度に木が立っていたりするけれども、自分自身は人間が作ったものではなくて、木と同じ、丸ごとの自然なのだということです。一番身近な自然は海や山ではなくて自分自身の身体なんです。

福岡 そうですよ。人間も自然生命体、自然物です。

坂本 自分自身が自然だということに気がついてから、僕はいつもそのことが気になるようになりました。自分の身体は自然物なのでコントロールできない。毎日変化するのが当たり前で、風邪も引きますし、病気になりますし、生まれたら死ぬわけで、やがては崩壊していくことになる。これはもう、絶対のエントロピーの法則に従っているわけなんですね。

福岡 そうです、そうなんです。

坂本 ところが、はたしてどれだけの人がそのことを意識しているのか、ということですよね。まるで自分も人工空間の中に生まれ育ったかのような感覚で生活し、仕事をしているという人はとても多いと思います。

福岡 そう、自分の身体は制御可能だと思っているんですよね。本当は、ピュシスである自分自身にロゴスが侵入しないよう、我々は気をつけないといけないんですけれどもね。ロゴスはピュシスをコントロールしようとするものなのですから。

坂本 人間という生き物には、エントロピーの法則に抗って崩壊させまいぞと頑張るというところがありますよね。

たとえば、都会の風景を埋め尽くしているような、非常に反自然的な人工物を作るだけではなく、作った人工物はなるべく崩壊しないようにしたいと、人間は考える。崩壊するということは壊れて自然物に戻っていくことですけれども、それは嫌だと言って、なるべく長持ちさせたいと抗っているわけです。

でも、エントロピーの法則の力が強いので、どんなに抗ってもいつかは崩壊していくことは避けられない。だとしたら、とりあえず自分が生きている間は保ってくれればいい。こういう抗い方が、人間の世界認識というか、ものの癖のようなところの根本にあるように思いますし、そうやって抗うことを繰り返すということを、人間は20万年ぐらいやってきたわけですね。

福岡 坂本さんは音楽で、ロゴスのレンガを積み上げていくというのとは違った、次に何がくるのか予測できない、反アルゴリズム的な作品を作られていますけれども、そうやってロゴスとピュシスの間で引き裂かれながら、ロゴスに振れ過ぎたものをピュシスに戻していく試みを続けていくことが大切なのだと思います。

坂本 そもそも、言葉で言い表せない世界があるから音楽をやっているわけですね。SのサウンドやNのノイズだけではなくM、ミュージックが必要だというのは詩的(ポエティック)であることと同じかもしれないけれども、どんな種類の芸術においても、言葉で言い表せない部分が大事なんですよね。

写真/zakkubalan ©2020 Kab Inc.(坂本氏) 稲垣純也(福岡氏)

(後編)「生きるというのは、一つの長い呼吸のようなものだと思うんです」坂本龍一さんが語っていた“限りある「いのち」との向き合い方” はこちら

音楽と生命
著者:坂本 龍一 福岡 伸一
【坂本龍一×福岡伸一】「ここで終わりじゃないんだ、次はあそこに行かなければいけないんだ」対話の末にたどり着いた人生観_3
2023年3月24日発売
2,200円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-789016-7
「教授」と「ハカセ」──長年親交のある二人による初の人生論

80年代、テクノミュージックで一世を風靡した「教授」こと坂本龍一。
以来、常に第一線で活躍し続けてきたが、近年は電子音楽とは対照的な自然の「ノイズ」を取り入れたサウンドを次々と発表。
一方、「ハカセ」こと福岡伸一も、分子生物学者としてDNA解析に象徴される要素還元主義的な科学を追求してきたが、その方法論に疑問を抱き、生命現象を一つの「流れ」として捉える独自の生命哲学、動的平衡論を確立。

20年来の付き合いという両者が、さまざまな挫折を経験しながら現在に至るまでの道のりを語り合う。
コロナ・パンデミック以降、死生観が劇的に変わる今だからこそ、私たちの生を輝かせることに目を向けたい。
音楽、アート、哲学、科学など、多方面に造詣の深い二人が、対話を重ねた末にたどり着いたものとは──。
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