聖なる食物になってしまった
やがて本堂で法要がはじまった。座敷の中央に置かれたリンガを中心にインド人たち数十人が祈りを捧げはじめる。リンガはシヴァ神の男根を象徴したもので、ヒンドゥー寺院では広く見られるものだ。だが、慶事であるためか、背後には日本の紅白幕が張られていた。
祈りの儀式のなかでは、ミルク・ヨーグルト・蜂蜜などをシヴァ神に捧げる……。すなわち、参拝者がみずからの手でそれらをリンガに塗りたくる。ミルクとヨーグルトは近所のスーパーで買ってきたものらしく、容器にはそれぞれ「酪農牛乳」と「ビヒダス プレーンヨーグルト」と書かれていた。
「儀式により、これらの食物はブレス(bless)されました」
見学している私の隣りに座っていたインド人男性が教えてくれた。森永乳業のビヒダスヨーグルトは、インド人たちの手によって聖なる食物になってしまった。礼拝後は昼食の時間で、みんないっしょにカレーをいただいたが、当然のようにものすごく美味であった。
新しく寺を作るには6000万円
その後、下妻市から南西に十数キロ離れた坂東市のヒンドゥー教寺院「SHRI RAM HINDU TEMPLE」にも足を伸ばしてみる。田んぼのなかにある、タマゴ屋の工場だという建物がまるごと1棟、ヒンドゥー教寺院になっており、屋根には日の丸とインド国旗がはためいていた。
同日の日中、寺ではホーリーというインドの春祭りが開かれて、170人ほどの参加者たちが盛んに色のついた粉をぶっかけ合って無礼講の大騒ぎをおこなったという(そういう祭りなのだ)。残念ながら夕方に私たちが到着した時点では祭りが終わりかけていたが、色の粉まみれにならずに済んだので、それはそれでよかったような気もする。
粉まみれになっていたバラモンのアンノプさん(28)に寺の事情を聞いたところ、こちらの施設は6ヶ月ほど前にできたそうだ。現在の建物は借家で、2023年5月に新しい寺が完成するのでそちらに移転する予定らしい。寺の建設には6000万円くらいかかったようだが、インド人のほか外国人(なぜか中国人の出資者もいたらしい)や日本人の寄付も集まったので、建てることができた。
他の粉まみれのインド人たちからも事情を聞くと、やはり坂東の寺も、北インド出身者やネパール人の参拝者が中心で、自動車関連業の経営者やITエンジニアなどの高度人材が多い。日本で数十年暮らしていると語る人が何人もいた。その1人は話す。
「在日インド人はけっこう人数が多いのに、これまで集まる場所がなかった。最近、(パキスタンやバングラディシュ・インドネシアなどの)イスラム教徒の人たちが、モスクをたくさん作るようになって、みんな集まっているでしょ。私たちも集まる場所ほしい。なので、みんなでインド寺を作ろうと考える人が増えた」