人生を変えた「ロードショー」デビュー

「ロードショー」との新たな接点は、留学中に訪れた。南カリフォルニア大学で留学2年目に突入したころには、資金が尽きはじめていた。学生ビザでは現地で働くことができないので、日本企業を相手にしたアルバイトをリモートでできないかと考えた。もともと文章を書くことが好きだったので、安直にライターの仕事を思いついた。ダウンタウンのリトル・トーキョーにある紀伊國屋書店に行き、手当たり次第に雑誌の奥付を確認し、連絡先をメモした。そして、ファックスで売り込みの文書を送ったのだ。

いま思い返してみても、よくあんな恥ずかしいことをしたと思う。でも、当時は編集部がどれだけ忙しいかなんて知りようもなかったし、なにより切羽詰まっていた。案の定、大半の編集部からはなんの音沙汰もなかったが、どういうわけか「ロードショー」から返事があった。Mさんという編集者からのファックスで、とりあえずサンプルを送ってほしいという。
それから何度かやりとりをしたのち、1996年8月号から<映画学校に行こう!in LA>という連載をはじめさせてもらった。素人の留学体験記とはいえ、執筆の対価として原稿料をもらったはじめての体験だった。

映画監督になろう! in LA ~ぼくの人生を変えたロードショー~_4
記念すべき連載第1回のページと、それが掲載された1996年8月号
©ロードショー1996年8月号/集英社

幸運が重なって連載が決まったものの、ぼくにとっては地獄の執筆特訓となった。こちらが書いた文章がそのまま掲載されることは一度もなく、何度となくダメ出しを食らっていたのだ。ワープロ原稿を送ると、Mさんの注意書きで埋め尽くされたファックスが戻ってくる。文字の誤りとか表記法といった小手先のレベルではなく、全体の構成から叩き直された。その添削に基づいて書き直すと、今度は新たな点を指摘されるありさまだ。

たっぷりの情熱と時間を注ぎ込んだものを否定されて、嬉しいわけがない。文章が得意だと勘違いしていただけに、プライドも傷ついた。だけど、Mさんの厳しいけど丁寧な指摘は、悔しいけれど、腑に落ちた。もし理不尽なものだったら、投げ出していたと思う。

この経験が教えてくれたのは、自分と、自分が生みだしたものを切り離して考えることの重要性だ。文章であれ、アイデアであれ、映画であれ、自分が生み出した作品を批判されるのは辛い。とくに自己肯定感が低い自分は、なんてダメな人間だと落ち込んでしまう。でも、Mさんはこのプロセスを経て、スキルと他人の視点さえあれば、作品は簡単に向上させることができると教えてくれた。つまり、自分がどんなにダメ人間であっても、生み出すものには改善の余地がたっぷりあるのだ。

そうやってなんとか食らいついていると、さすがにちょっとはマシになったのか、ダメ出しされる回数が減っていった。個人的に嬉しかったのは、他人が書いた文章を分析しながら読むことができるようになったことだ。喩えるなら、自分で包丁を握るようになってはじめて、プロの料理をより深く楽しめるようになった感覚とでも言うか。連載をはじめたことがきっかけで、プロが書いた文章の背後にある技巧や意図が少しではあるけれど見えてきた。Mさんはライターとしてチャンスを与えてくれただけでなく、その視点を与えてくれたのだ。

<映画学校に行こう!in LA>は当初3回の予定が10回に延長された。その後、「ロードショー」や「週刊ヤングジャンプ」(これもMさんの紹介だ)でぽつぽつとインタビュー記事を執筆する機会があり、ぼくは映画ライターとして活動することになる。 
やがては「ハリウッド外国人記者クラブ」に加入して、毎日のようにスターや監督へ取材し、また縁がつながって日本酒のドキュメンタリー映画を監督することにもなったのだ。

最近、これまでの人生を振り返る機会が増えてきた。そしてつくづく実感している。もしも「ロードショー」に出会っていなかったら、ぼくの時間軸はずっと退屈なものになっていたはずだ。

映画監督になろう! in LA ~ぼくの人生を変えたロードショー~_6
監督した日本酒ドキュメンタリー映画『カンパイ!』は、2015年、第28回東京国際映画祭でも、試飲イベントつきで華々しく上映された。舞台上、左からふたりめが小西氏
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『カンパイ! 世界が恋する日本酒』(2015) Kampai! For the Love of Sake 上映時間:1時間35分/アメリカ・日本
監督:小西未来
出演:ジョン・ゴントナー、フィリップ・ハーパー、久慈浩介

アメリカ人の酒ジャーナリスト、イギリス人の杜氏、商品プロモートで世界中を飛び回る老舗蔵元。国と文化の垣根を越えて日本酒に魅せられた人々を描くドキュメンタリー。海外の観客向けに製作されたので、全編基本的には英語で、日本語の発言には英語字幕がついている。姉妹編『カンパイ! 日本酒に恋した女たち』(19)では、古くは女人禁制だった酒の世界で活躍する、女性杜氏や飲食店経営者、評論家がテーマになっている。