人前で涙を流せるリーダーだからこそ、人が付いてくる

いとう 加藤さんは、MSF日本の会長時代に僕の本(『「国境なき医師団」をもっと見に行く』)で取材させてもらったので、ある程度お人柄は知っていたんですが、『生命(いのち)の旅、シエラレオネ』を読んで、あらためて感動したんです。誤解を恐れずに言うと、「弱いリーダー」であるというのは、凄いことだなと思って。リーダーはずっと強くなくちゃいけなかった。弱い姿を見せるなんて許されない、という感じが今もあるんだけど、加藤さんは全くそういう方ではない。言ってみれば、人前で涙を流せる人です。

加藤 本を読んだ人からは、泣きすぎだというご批判もあるんですが……。

いとう 僕はとてもいいことだと思います。自分が救えなかった命に対して涙を流すことができる。そういうリーダーだから、人が付いていくんだろうと。もちろんお医者さんは、鈍感にならないとやっていけないところもあると思うんです。でも加藤さんは、いい意味で、慣れないんですよね。救えなかったことに、毎回、涙を流し、打ちひしがれている。

「国境なき医師団のスタッフの半分が非医療従事者と知って『俺は何もしないのか』と突きつけられたんです」いとうせいこうが加藤寛幸と語った“人道支援のリアル”_1
いとうせうこう。作家・クリエイター。2016年以来、「国境なき医師団」の活動に同行して、ハイチ、ギリシャ、フィリピンなどの現場を取材し、『「国境なき医師団」を見に行く』を上梓。続編の文庫版『「国境なき医師団」をもっと見に行く ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本』が23年6月に出版された。
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加藤 進歩がないということかもしれません。現地に行っては、毎回へこたれて帰ってくるので。開き直って、常に新鮮な気持ちでいられるのは、自分のいいところだと思うようにはしていますが。

いとう めちゃくちゃいいところです。人道支援というと、素晴らしい面とか、成果が強調されがちですが、加藤さんは、「我々は救えなかったんだ」ということを伝えてくれるし、それを忘れないんですよね。自分は立派な人間でもないし、タフな人間でもないと率直に書かれていて、信頼できると同時に、極めて文学的な人だと思いました。

加藤 ありがとうございます。僕はいとうさんの本を読んで、「一緒だな」と感じるところが多々あってほっとしました。いとうさん、MSFに行って取材して、現地の子どもたちや患者さん、スタッフの人たちと交流した後、日本に帰る段になって、何か後ろめたく感じていますよね。僕も同じような思いを抱くので、自分だけじゃなかったんだなと。

それから、MSFに応募して、2回も落っこちたのが僕だけじゃなかったことも、いとうさんの本で知ってほっとしました(笑)。MSFの人事の方は「不合格」ではなく、「もう少し準備が必要ですね」といった表現をされますが、落とされる方からしたら、いずれにしても大ショックなわけです。

いとう でも加藤さん、応募前も落ちた後も、MSFのTシャツをずっと着てたと聞きました。

加藤 はい。当時はMSFのTシャツを購入できたんです(現在は不可)。それを白衣の下に着てる、ヘンな人でした。僕としては、いつか行ってやるぞと思って。

いとう ヘンすぎますよ!(笑) それだけ、MSFへの思いが強かったんでしょう。本の中に、「損をすると思う方を選びなさい」という印象的な言葉が出てきます。加藤さんが進路に悩んで教会に出入りされていたときに、その教会の指導者にかけられた言葉です。小児科医に進まれたこととか、MSFに参加するようになったのには、その言葉の影響もありますか?

加藤 聞いたときは、あまりピンとこなかったんです。ただ、損得を考えるのはやめようと思いました。で、自分は子供が好きだから、小児科医を選んだんです。その後、MSFを知ったときは衝撃でした。教会の先生がくださったもう一つのアドバイス「一番弱い人たちのために働きなさい」という言葉も思い出して、これだ! と思ったんです。行くと決意してから、実際に行くまでに10年かかりましたが。

いとう 10年かけて入って、大喜びで行った現場で、とんでもない現実を見る。その経験がまた大きく加藤さんを変えるんですよね。そうした揺れが『生命の旅、シエラレオネ』にはロジカルかつエモーショナルに書かれていて、素晴らしい本だと思いました。