海外生活やコロナ禍で見えた「ルール」に対する意識差
現在イギリスで執筆活動をする新川さん。住み始めてまだ3カ月ということもあり、現地のルールを知らずに困惑したことがあったと言います。
「イギリスのショッピングセンターで洋服を買ったんです。その時、レジの人に“買い物や試着の時に手伝ったスタッフはいるか”と聞かれました。その時、私は誰に接客してもらったか名前を覚えておらず、“ノー”と答えてしまったんです。買い物の後帰ろうとしたら、私を接客したと思われるスタッフの方が私をめちゃくちゃにらんでるんですよね。レジのスタッフに“これは私の売上なんだから”と言っているのが聞こえてきて。全く知りませんでしたから、驚きましたね」
海外では、接客時に世話をしたスタッフの名前を聞かれたり、飲食店でも接客するスタッフがテーブルごとに決められたりなど、日本とは違うルールがあるよう。コロナ禍で起きた社会状況の変化も、そんな意識の違いが顕著に現れるきっかけだったと感じています。
「どの程度ルールを守りたいか人によって感覚が違ったり、人と会う時にどの程度気をつけているかも違いますよね。政府がガイドラインとしてのルールは出しているものの、個人でそれぞれちょっとずつ調整しているじゃないですか。厳しい人もいるし、ゆるい人もいる。この作品に強いメッセージを打ち出したつもりはないですが、結果的に今の時代背景と重なり、何か響くものがあるのかなと思っています」
私にとって書く時間は“ご褒美の時間”
新川さんが小説家として日々続けていること。それは本を読んだり、映画を見たり、人の話やニュースを聞いたり。ひたすらインプットすることだと言います。「デビュー前は、1週間に5冊は読むと決めていました。小説を除いて5冊、ドキュメンタリーや新書、色々なジャンルですね」。インプットから蓄積されたものが血肉になり、書くことのモチベーションになっていると言います。
「書く時間は、全く苦じゃないんですよね。書くまでに資料を調べたり取材に行ったりする時間があって。2カ月以上かけて準備をし、やっと書き始められることもあります。蓄積していたものが一気に出ていく、その瞬間が一番気持ちがいいんです。私にとって書く時間は“ご褒美の時間”でもあるんですよ。といっても書き初めには、まだラストは見えていなんです。とりあえず書き出しの一歩が踏み出せたら幸せなんです」
今後書きたいテーマについて聞くと、「実は、あまり書きたいテーマってないんですよね」とあっさり。「ある程度、自分が切実に思えることしか書けないと思うんですけど、なんでもいいと言えばなんでもいいんです。いろいろな本を読んでいると、その時に書かねばと思うもの、面白いなと思うものに出会うこともあります。そういうものはストックしておいて、打ち合わせで提案することはありますが、同じ問題についてずっと書き続けたい、掘り続けたいということはないんです」
(後半では、新川さんがどのような経緯で小説家を目指すようになったのか、作家活動を陰ながら支える夫とのイギリスでの暮らしについてお聞きします。どうぞお楽しみに!)
新川帆立さんの年表
1991年 アメリカ、テキサス州ダラスに生まれる。生後間も無く、宮崎県に引っ越す
15歳 父親の単身赴任先の茨城県立土浦第一高校に入学
18歳 東京大学文科一類に入学
22歳 東京大学法学部を卒業、同法科大学院へ
24歳 東京大学法科大学院を卒業、司法試験に合格
25歳 司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会プロテストに合格。弁護士登録。弁護士事務所で働き始める
29歳 結婚。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。『元彼の遺言状』(宝島社)でデビュー
30歳 夫の仕事の都合で海外に引っ越す
31歳 『競争の番人』『競争の番人 内偵の王子』(講談社)を出版。『元彼の遺言状』及び『競争の番人』が2クール連続でテレビドラマ化される。『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)を発売
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子