当時の能代は「今の時代では無理」
1998年。体育館の時計の針が16時を示したと同時にマネージャー・前田浩行の笛が鳴ると、能代工の選手たちが一斉に動き出す。
ウォーミングアップから攻守のフットワーク、複数人が一組となりコンビネーションを深めていく3メンと5メン……。
一糸乱れぬチームの練習では、私語は無論、必要以上に声を出す選手すらおらず、体育館で響くのは前田の笛、そしてバスケットボールとシューズの音、選手たちの息づかいのみである。練習を見学に訪れた地元住民やファンも、その張り詰めた緊張感と同化していた。
「自分らがいた頃の能代の雰囲気を作り出すのは、今の時代では無理。絶対に無理です」
前田がそう断言する。
確かにそれは事実かもしれない。彼がマネージャーを務めた98年時点で、能代工はインターハイ、国体、ウインターカップと高校の主要大会で通算50回の全国優勝。しかも、田臥勇太が入学した96年から同年まで全タイトルを制覇する「9冠」も成し遂げた。それだけの空気感が生まれるのも自然なことだった。
なによりかつての能代工には、どんなに勝っても、注目を浴びてもバスケットボールに集中できる環境があった。9冠の原動力となった高校バスケットボール界のスーパースター、田臥の証言がそれを表している。
「能代って田舎だから情報があんまり届かなかったし、人も少ないので注目されてるとか感じることもあまりなかったです。今みたいにSNSがあったら別だったんでしょうけど」
情報過多の現代ならば、練習での張り詰めた空気など能代工が築き上げてきた多くの伝統を不用意に叩く者が現れてもおかしくない。
前田が「今の時代は無理」と断言した背景には、そんな意味も込められていた。
「時代ですね。今はスマホやらYouTubeやら情報がとにかく多いじゃないですか。そこで騒ぎ立てられたらプレッシャーが出てくるし、相手チームもそれだけ自分たちのことを知れるわけですから。当時が今みたいだったら勝てたかどうかわからないです」