選手たちを変えたマシンには「感謝しかない」

––メンタル面の強化にも、取り組まれてきたのですね。

日本語には、「心技体」という素晴らしい言葉がありますよね。一流の選手にとって、やはり心の豊かさは大事です。ピッチングマシンを導入したことで、心に余裕が生まれたと思います。

––マシンで練習することで、結果的に心も鍛えられた、と。

普段から選手たちには、相手と駆け引きができるように、心理学を受講させています。私も学んできましたが、実践ですごく役立つんです。相手が今何を考えているのか、掴めるようになるので。たとえば、山本優(ビックカメラ高崎所属)は、顔の近くに投げられたら、カッとなって、次のボールは何でも打ちにいってしまうことも多いんですが、「このボールは誘いなんだ」とわかっていれば、冷静に対処できます。

それに加えて、ピッチングマシンで繰り返し体感することで、さらに心に余裕ができたんです。選手たちは、このマシンは実践で活用できる、という確信があったのでしょう。山田恵里(デンソーブライトペガサス所属)なんて、「あと30分マシンを打ってきてよいですか」ってよく聞きに来ました。これはすごいことですよ。

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2021年6月の大会前強化合宿の様子
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––一流のバッターは「無自覚な予測」を持っていて、「なぜだかわからないけど、球種がわかる」そうですね。逆に言うと、相手ピッチャーがフォームを少しでも変化させたら、感覚がズレてほとんど打てなくなってしまう、ということでしょうか。

あり得るでしょう。だから東京五輪の準備には、アメリカ選手の映像に関しては、代表選考に関わるような選手同士の対戦映像を使うようにしていました。あるいは、「本気で勝ちに来ている」試合の映像。そうでないと、本当の力を隠したり、手を抜いたりするから。絶対に参考になる試合の映像だけを使いました。

手の内を隠すような駆け引きはよくしています。実際に私も、ある世界選手権で選手にまったく指示を出さずに戦ったこともあるんです。ちなみにピッチングマシンの存在も、周囲に情報が漏れないように、ギリギリまで隠しました。

––今後はどのような改良をマシンに望みますか。

選手たちは本当にこのピッチングマシンを信頼して、練習に取り入れてくれました。中には、「試合会場に持って行けませんか?」と聞いてきた選手もいるくらい(笑)。だから、次に作るなら持ち運びできるものをお願いしたいですね。


文・インタビュー/柴谷晋 
写真提供/NTTコミュニケーション科学基礎研究所
参考文献/柏野牧夫(2022). 「トップアスリートの知覚・運動における無自覚的な適応 -女子ソフトボール日本代表チームとの事例-」『基礎心理学研究』vol.40, No2, 217-222