FW経験が活きたドイツ戦の“決勝点アシスト”

9月に左ひざをケガしてから、板倉が初めて90分にわたって試合でプレーすることになったのがW杯の大事な初戦・ドイツ戦だった。

ケガから復帰したばかりで不安がないはずもない板倉だったが、あの試合でも彼は「与える男」だった。前半33分に相手に先制を許したあとも、キャプテンの吉田麻也とともにチームメイトに落ち着くよう呼びかけ、両手を叩いて鼓舞していた。

「ドイツ相手だったので、1点とられてしまうことはありえます。(試合前には)そういう状況も想定していたので。だから、『一喜一憂している場合じゃない、ここで落ち込んだら一気にやられてしまう相手だ』と伝えたんです」

こともなげに板倉は振り返るが、若い選手にもベテランの選手にも、ナチュラルにコミュニケーションをとれる彼の振る舞いはチームに安心感を与えた。そして83分には、大会前にともにリハビリに励んでいた浅野琢磨に最高のパスを送り、決勝ゴールをアシストしたのだ。

「あれは琢磨がすごかったです」と板倉は謙遜するが、「自分がボールを持ったときに前線の選手の動きを見てあげられれば、彼らも動き出しやすいはず」と普段から語っているとおり、前線の選手の気持ちがわかるのも板倉のよさだ。

あのアシストの場面では、板倉がさぎぬまSC時代に前線の選手として活躍した経験が活きたのだった。


取材・文/ミムラユウスケ 写真/Getty Images

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