次は「無料塾」をテーマに書きたい理由

おおたさんが次に書きたいと思っているテーマは「無料塾」。無料塾とは、経済的な事情で一般的な進学塾に通えない子どものために開かれている無料の教室です。主に中学生を対象に高校受験対策を行います。教えているのは、普段は別の仕事をしているボランティアスタッフたち。つまり、決して教育のプロではない。でも、おおたさんは、そのスタッフたちの多様性、正義感、包容力に魅力を感じるといいます。

「大学受験が終わったばかりの高校3年生から、中央官庁に勤めているバリバリの官僚、そして高校教師を引退した60代まで、幅広いひとたちがそれぞれのキャラを活かして子どもたちと真剣勝負しています。スタッフの彼らがとにかくカッコいい! 無料塾って、勉強を教えるだけではなくて、むしろ、さまざまな困難を抱える子どもたちの居場所であり、親や学校の先生以外のいろいろな大人と出会える場所としての役割が大きいんです」

「中学受験業界のひと」みたいに言われるけど、ちょっと心外なんです。おおたとしまささんが今、本当に伝えたいこと【私のウェルネスを探して おおたとしまささん 前編】_5

ただし、おおたさんが今書こうとしているのは、無料塾を礼賛する本ではありません。「そもそも塾に通えないと人生が不利になる社会っておかしくない?」という壮大な問いに対して、無料塾の現場から迫ろうとする挑戦です。

「一般の社会人がボランティアで無料塾をやらなきゃならないってことは、現実的に、学校制度とか入試制度が、塾での対策を前提につくられているってことですよね。学校に通っているだけじゃみんなと同じ土俵にすら乗れない社会だってことですよね。それってたぶん、教育だけの問題じゃないんですよ」

ここでおおたさんの目の色が変わりました。無料塾の本の裏テーマは、ずばり、「教育格差は悪いのか?」だと言います。一般的な教育格差の論じられ方から比べるとかなり逆説的でショッキングなテーマ設定です。

教育格差が「当たり前」の社会システムにメスを入れる

「たまたま生まれた家庭の文化資本の多寡によって学力に差ができて、その結果得られる学歴にも差ができて、それが社会に出てから得られる地位や収入の格差につながっていることが指摘されています。それが教育格差の問題です。これはたしかに問題です。でも、逆にこういう問いを立てることもできます。学力差を完全になくせば、社会的な格差もなくなるのか? たぶんそんなことはないでしょう。これっておそらく、教育だけではどうにもならない問題なんです」

「中学受験業界のひと」みたいに言われるけど、ちょっと心外なんです。おおたとしまささんが今、本当に伝えたいこと【私のウェルネスを探して おおたとしまささん 前編】_6

無料塾を全国に増やしても、結局は社会に出て行くために有利な椅子を巡る椅子取りゲームのレベルが底上げされて、競争が過酷になるだけ。中学受験が年々過酷になっていくのと似た構造です。不利な状況に置かれている目の前の子どもを支援したいという純粋な気持ちは大切ですが、一方で、社会全体としては、無料塾を全国に増やしても社会における格差の問題としては何の解決にならないだろうとおおたさんは言います。そのジレンマを突き詰めることで、私たちが「当たり前」として疑っていない社会システムそのものに、おおたさんはメスを入れようとしているのです。

「それぞれ異なる才能をもって生まれてきて、異なる家庭環境で育つから、歌がうまい子、スポーツが得意な子、芸術的センスがある子……いろいろな個性ができてくるんですよね。それが多様性じゃないですか。音楽が好きな親に育てられれば歌がうまくなる可能性はきっと高い。運動が好きな親に育てられれば足が速くなる可能性はきっと高い。でも、『歌唱力格差』とか『走力格差』とは言わないですよね。同様に、本が好きな親に育てられれば勉強が得意になる可能性はきっと高い。しかしそこで生まれる『学力格差』だけがこの社会では過大にものを言う。なんで? みんながそれぞれの個性を認められてウェルネスに生きられるような社会になれば、『教育格差の何が悪いの?』って話が可能になるでしょ」

「中学受験業界のひと」みたいに言われるけど、ちょっと心外なんです。おおたとしまささんが今、本当に伝えたいこと【私のウェルネスを探して おおたとしまささん 前編】_7

これまで子育てや教育に関して幅広いテーマを取り扱ってきたおおたさんが、いよいよ教育の範疇を超えたテーマに挑もうというのです。楽しみですね。

後半では、おおたさんが教育ジャーナリストになるまでと今年出版予定の本、今後の目標について聞きます。

おおたとしまささんの年表

1973年 東京に生まれる
12歳 麻布中学入学
15歳 麻布高校入学
18歳 東京外国語大学英米語学科入学、のちに中退
19歳 上智大学英語学科へと入学
23歳 上智大学英語学科卒業。株式会社リクルートで雑誌編集に携わる
27歳 結婚
28歳 第一子誕生
31歳 独立。育児・教育ジャーナリストに。第二子誕生
33歳 有名私立小学校で英語の非常勤講師を努める(2年間)
35歳 『パパのネタ帖』(赤ちゃんとママ社)を出版。心理カウンセラーの資格を取得
42歳 『ルポ塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体』(幻冬舎)を出版
43歳 『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』 (祥伝社) を出版
45歳 『世界7大教育法に学ぶ才能あふれる子の育て方 最高の教科書』(大和書房 )を出版
46歳 『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉~「二月の勝者』(小学館)を出版
48歳 『ルポ 森のようちえん SDGs時代の子育てスタイル』(集英社)を出版
49歳 『不登校でも学べる 学校に行きたくないと言えたとき』 (集英社)、『子育ての「選択」大全』(KADOKAWA)を出版、『勇者たちの中学受験~わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき』(大和書房)を出版

「中学受験業界のひと」みたいに言われるけど、ちょっと心外なんです。おおたとしまささんが今、本当に伝えたいこと【私のウェルネスを探して おおたとしまささん 前編】_8
「中学受験業界のひと」みたいに言われるけど、ちょっと心外なんです。おおたとしまささんが今、本当に伝えたいこと【私のウェルネスを探して おおたとしまささん 前編】_9
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撮影/高村瑞穂

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