2位に敗れたマルティンは、レース展開をこんなふうに振り返った。
「今日は自分のMotoGPキャリアの中でも、最も安定して走れたレースだった。でも、アレイシのほうが少し速いとわかっていたので、ブレーキングでがんばって、離されないようについていった」
そして、アレイシの勝利は本当にうれしい、とも述べて、その理由を説明した。
「彼がすごく頑張ってきたことは、皆がよく知ってるから。それに、裕福な家庭の出身ではなかった僕にアレイシは住む場所や食事を世話してくれて、トレーニングの道具も与えてくれた。いいライダーになりたいと思っていたあの頃、本当に世話になった。その彼が勝利できたことは、本当に最高だと思う」
世間には、昔はあいつの世話をしてやっただの、こいつを育てたのは自分だなどと吹聴したがる俗物には事欠かない。だが、エスパルガロの場合は「善行は黙って積め」の金言どおりに、そんな過去はおくびにも出さない。こんなところにも、彼の性格の一端がよく現れている。
そのエスパルガロは、優勝の喜びについて正直にこう述べた。
「もちろん、勝てたことはすごくうれしい。でもそれで何かが変わるわけじゃない。ぼくは本当に幸運な人間だと思う。一番好きなことを仕事にしているし、素晴らしい家族がいる。誰もが夢に思うものを手に入れている。だから、正直なところ、レースに勝っても人生は何も変わりはしない」
チェッカーフラッグを受けたときにまず脳裏をよぎったのは、妻と双子の子どもたち(息子と娘)のことだったという。
「ぼくにとってこの世で一番大事なのは、妻とふたりの子どもたち。彼らが、自分が強くあるための源泉だから」
エスパルガロの勝利は、アプリリアにとって2002年のMotoGP挑戦開始以降、20年越しでようやく達成した初優勝ということになる。
「僕がアプリリアに来た当初は、進んでここに来ようとするライダーはいなかったし、誰もこのプロジェクトを信じていなかった。つい2年ほど前、若いライダーたちが声をかけられたときも、(アプリリアでMotoGPに参戦するくらいなら)下のMoto2クラスに残るとか、そんなことを言っていた。でも、今後は彼らも検討してくれるんじゃないかな」
そしてこの優勝で、アレイシ・エスパルガロはランキング首位に立った。3戦を終えて表彰台に上がった9名はすべて異なる顔ぶれである。これはライダーとメーカーが緊迫した戦いを繰り広げているなによりの証拠だ。
「前回はKTMが優勝して、スズキは強いしドゥカティも強いしホンダもいる。ヤマハは去年のチャンピオンだし、6メーカーが高い水準で接近した争いをしているのは、とても素晴らしいことだと思う」
……と、このように、長い長い苦労と紆余曲折の果てにアレイシ・エスパルガロとアプリリアがようやく摑み取った優勝の背景を理解すれば、そのドラマを目撃した大勢のファンのつぶやきで、「MotoGP」「アレイシ」という言葉がツイッターのトレンドに浮上したことにも納得いただけるだろう。そしてこのドラマは、これから11月まで続く。
次戦の第4戦アメリカズGPは、今週末10日(日)に決勝レースが行われる。