1試合で4ポジションを守ったエースも
和歌山県内の高校野球界は智辯和歌山と市和歌山が「2強」を形成している。必然的に県内の野球トップクラスの中学生は2強に集まる。和歌山東にやってくる選手は名門からスカウトされるレベルではなく、自信がない選手ばかり。今年のチームにはプロスカウトが注目するような有望選手もいなかった。
和歌山東の米原寿秀監督は、根気強く選手たちに訴えかけた。
「おまえらはこれまでの環境では力を出せていなかっただけや。おまえらの魂はそんなもんちゃうやろ」
自己肯定感が低かった選手たちはベンチの米原監督を信頼し、のびのびと力を発揮するようになる。攻撃面ではバント、盗塁、ランナー三塁でのヒットエンドランなど小技や奇策のオンパレード。守っても100キロ前後の緩い変化球を武器にする軟投派ワンポイントリリーフを投入し、試合の流れを強引に引き寄せた。いつしか、和歌山東には「魂の野球」というスローガンがついていた。
甲子園でも「魂の野球」で初戦を突破。エース右腕の麻田一誠は投手、二塁手、遊撃手、右翼手と異例の4ポジションをこなし、打線は延長11回表にあらゆるサインプレーを駆使して大量7得点を奪った。米原監督は「ウチの野球は何でもありやから」と不敵に笑った。
今大会の和歌山東のテーマは、「日本に勇気と元気を与えるゲームをする」だったという。長いコロナ禍に沈む日本社会を少しでも野球の力で励ましたい。そんな思いが透けて見えるが、人に与えるからには自分自身に勇気と元気がなければならない。一見、平凡に見える球児たちの自己変革は、人間の底知れない可能性を感じさせた。