キャラクターの魅力

――戦前戦中の満洲で『百年の孤独』をやるっていうのもかなり無茶な試みだと思いますが、すごく虚構性の強い話とリアルな史実の話がマジックリアリズム的に同居しているところがすごく面白い。

新川 こんなに真顔で噓つかれると、だまされそうになる。噓のつき方がうまくなりすぎてますよ。素っ頓狂なフィクションの部分がなくても、作品としては成立すると思うんですけど。『百年の孤独』だから入ってるのかなと

小川 それこそ莫言(モー・イエン)の小説とか読むと、当時の中国を描くときもわりとそういう感じなんですよ。いきなりドラゴンが空を飛ぶのと、結構まじめな史実っぽい話とが隣の行同士で競争してるみたいな。とくに中国人たちの視点でそういうことが起こってると思うんですけど、それは当時の中国の人々にとってのリアルがそういうものだったからじゃないか。変なことを書こうとして書いたというよりは、そういう視点で見た満洲というつもりで僕は書いてますね。義和団事件だって、神が憑依して素手で西洋の武器と戦うみたいな運動だったんで。

――義和団と言えば、楊日綱(ヤンリーガン)が義和拳を習得する訓練シーンがよかった。『鬼滅の刃』の竈門炭治郎みたいな。

新川 あの訓練シーン、わたしもめっちゃ好きで。笑っちゃいました。

小川 あれは一応、『HUNTER×HUNTER』のネテロをイメージしてたんですけど(笑)。

新川 アホな小学生が真似しそうで怖い(笑)。

小川 ネテロの感謝の正拳突きみたいな、すごく単純なことを異常なぐらい繰り返すと、すごいことになる――みたいなイメージは最初にあって、それを屁理屈でこじつけてる。

――やっぱり、タイトルが『地図と拳』だから。拳も大事にしないといけない。

新川 「宇宙卵って何だよ」とか。

小川 あれは高橋名人ですね。高橋名人が(連射の訓練のために)指でスイカを連打して、スイカを割ったみたいな話が好きなんで、その修業をイメージして。

新川 でもね、日本であれやっちゃう人が何人か出ますよ。

――SFでは、ニール・スティーヴンスンが『ダイヤモンド・エイジ』の中で義和団事件を未来の出来事として書いてるんだけど、とても実際にあったこととは思えないくらい小説的なエピソードになってて。それを思い出しましたね。

新川 笑っていいのかあれだけど、面白かった。

小川 ほんとは、そのさらに強烈なのが洪秀全なんですよ、太平天国の乱の。義和団よりもっとカルトなんで、ほんとはそこから始めたかったんですけど。

――でも、周天佑(チヨウティエンヨウ)が洪秀全のなり代わりみたいなキャラですよね。科挙に5回落ち続けて、そこから語り部というか説話人になる。

小川 洪秀全もああいう人なんですよね。科挙に落ちまくって、コンプレックスのかたまりで、それでカルト宗教始めちゃう。麻原彰晃みたいな。

新川 史実がめちゃくちゃ面白いから、それを小説にもってきたときに、フィクションが勝てない現象ってあると思うんですけど、『地図と拳』は史実に負けてなくてちゃんと面白い。

――『地図と拳』で好きなキャラクターはいますか?

新川 私は明男(あけお)くんですよ。明男くん。

――万能計測器、須野(すの)明男ですね。逆から読むとオケアノス。

小川 あれはだから、ムイタック・リベンジですよね、僕の中では。

新川 そうそう、『ゲームの王国』のムイタック寄りの。でも、ああいう人、いるんですよ、東大とかに。

小川 いますね。あと、僕の中にも明男みたいなところがあるしね。

新川 私、小川さんの第一印象が❝面白い先輩❞なんですけど、何で面白いかっていうと、一緒に麻雀して、そのあと、居酒屋に行ったんですね。

小川 行きましたね。

新川 その居酒屋で、「日本一おいしい卵かけご飯」っていうメニューがあって、私、「日本一だって!」と思って注文したら、黄身がすごく黄色い卵が出てきたんです。今まで見たことないぐらい黄身が黄色くて、「えっ、すごい黄色い! めっちゃ高級そう!」って言ったら、小川さんが、「いや、黄身の色は鶏が食べた餌の成分で決まるから、高級かどうかは関係ない」とおっしゃって。めっちゃ面白いなと(笑)。

小川 覚えてない。そうやって聞くととても失礼な人間ですね。まあ、僕が言いそうだけど(笑)。

新川 そこに、明男くんの片鱗を見ました。

――明男くんがいろいろ言う理屈はだいたい小川さんが言いそうなことだよね。

新川 言いそう言いそう。ムイタックですね。

小川 明男くんのキャラには、一応、下敷きがあって。内藤廣先生っていう、東大の教授だった建築家の人の本の中に、気温や湿度が体感で判定できるように自分で訓練したみたいな話が出てきて。僕、その話がめっちゃ好きで、それをさらに膨らませた感じですね。

新川 そういう人、実際いますよね。「ほんとかよ」みたいな人。

小川 ムイタックみたいなキャラクターを出す予定はなかったんですけど、温度とか湿度とか風向きとかが歩いてるだけでぜんぶわかる人を出したら、必然的にムイタック的な人物になっちゃった。

新川 そういう人がいるのを知ってるから、私はあんまり違和感ない。例えば私、いま『競争の番人』っていう小説で、頭いいキャラを出してるんですけど、❝頭いいキャラ❞というより、「こういう人いるよね」っていう感覚なんです。でも、キャラ立ちのために極端に描いてるんでしょ、みたいに受けとられて、それが非常に不本意で。

小川 これぐらいの人はいますよ、と。

新川 いますよ! 『ゲームの王国』の輪ゴムとか泥とかも、そんなに違和感がないというか。大学のとき、5円玉をたくさん持ってる人がいて、5円玉投げてくるんですよ。そいつ、「5円玉」って呼ばれてたんですけど(笑)。はかまと下駄で毎日登校する人とかもいて。

小川 下駄! その人知ってますよ。いましたよね、しかも、その下駄が一本歯で。

新川 そう、一本歯の下駄! 私、その人に「何で下駄履いてるんですか」って聞いたら、「僕、天狗になりたいんです」って言われて(笑)。

――理由があるんだ。

新川 ちゃんと理由がある。そういう奇人変人が実際にいるわけだから、そういう人たちを描きたいと思って書いてるのに、「キャラ立ちですね」とか言われると「はあ?」って思う。

小川 実際にいるやつらをそのまま書いたら、「こんなやついないよ」ってなる人、いっぱいいるじゃないですか。

新川 いますね、いっぱいいます。

小川 むしろちょっと抑えめに、これぐらいだったら許されるだろうみたいな感じで書いてるみたいなところ、ありますよね。

――奇人変人がいろいろ出てくる中で、作中では五十年くらい時間が経過して、登場人物も、『百年の孤独』じゃないけど代替わりしていく。そういう長い時の流れの中で、物語の最初に非常に頼りない感じで登場する細川が、ずっと軸になりますね。

小川 『虐殺器官』(伊藤計劃)のジョン・ポールみたいな感じでね。あんな黒幕じゃないけど。

新川 でも、読者的には、細川さんっていう補助線みたい存在が一本あるのが読みやすいと思いましたけどね。人物が全員入れ替わるとついていくのが大変なので。

――テーマを演説してくれるし。

小川 そうそう。この本自体は、わりと細川の話っていう感じですよね。全体として、じつはね。

新川 建築も軸になりますよね。うしろのほうで千里眼ビルディングが出てくると「おおーっ」みたいになりますもん、作中の時間経過を読者も経験してるから。「きみ、まだいたのか、千里眼ビルディング」みたいな。

小川 哲×新川帆立「地図とは何か。建築とは何か。そして、小説とは何か。」_4
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