すべてのピースがハマるとき

――『地図と拳』は、帯にあるように、「ひとつの都市が現われ、そして消えた」話でもありますが、ロシアのウクライナ侵攻によって、ひとつの街があとかたもなく消えてしまうことのリアリティがぐっと身近になりましたね。

小川 確かに。全然考えてなかったですけど。

――マリウポリも、こういう街だったかもしれないのに、あっさり消し去られてしまう。『地図と拳』も、世の中が比較的平和なときに読むのと、毎日ニュースで戦争の話が伝えられてる状況で読むのとでは、ずいぶん印象が変わってくるかなと。

小川 そうですね。どうやったら第二次世界大戦を他人事(ひとごと)じゃなく、自分たちの身に起こるかもしれないこととして考えられるか。いま戦争小説を書くとしたら、それが大事になる。なぜ日本が戦争したのか、今後なにがあると僕たちはまた戦争するかもしれないのか――みたいなことは、作品の中で自分なりにずっと考えてたことですね。

――細川の視点は小川さんの視点に近いんですか。

小川 そうですね。もちろん僕だけじゃなくて、現代から過去を眺めたときの歴史家の視点でもあって。この2020年代に第二次世界大戦について考えたときにどう見えるかみたいな視点を投影したキャラクターになりますよね。それを可能にするために、未来を見るとか、千里眼とかのモチーフが必要になったというか。現代から過去の歴史を見ることを作中でさまざまにリフレインさせてるって感じですね、僕の中では。

――戦争構造学研究所もそのためにある。SF的なガジェットを使うともっと簡単に書けそうですけどね。タイムトラベルとか、未来からの通信とか、量子コンピュータとか。ただ、敗戦の未来がわかってからの細川の行動が面白い。

小川 最初は開戦を防ごうとするんだけど、どうやらそれは無理だとわかってくる。現代の僕たちがその場に行ったとして、もう開戦は止められないとなったとき、最善の行動は何なのか。それを細川にやってもらってるみたいなところがありますね。

――タイムトラベラーが最善を尽くしたとしても、あれが精いっぱいだろうと。

小川 あと単純に、史実として、満洲の建材や資材を戦時中に横流しとかしてて巨万の富を築いた児玉誉士夫みたいな人もいるわけで、そういう話とも重なる。別にそれは、敗戦の未来を知ったからやったことじゃないだろうけど。

――合理的に行動するとそうなる。

新川 そこも、地図というテーマとつながりますよね。自分がいる場所って、自分ではわからない。でも、地図を描いてみると、すごく危険な場所にいるって気づけたり。自分にとって不都合な地図を目の前にしても、その地図をもとにして進まなきゃいけないみたいなことってたぶんあるので。だからその点も、モチーフと整合する。SF的には見てなかったけど、自然だと思います。

小川 この小説を書いてるときにやってることは、SFを書いてるときとほぼ変わらなかったですね。

新川 そういえば、昨年だか、小川さんがこれを書いてらっしゃるときにお目にかかったら、「最近、小説書くのが楽しいんです」みたいなことをおっしゃってて。書いていて違いましたか、過去作品と?

小川 楽しかったですね。とくに後半、全部のピースがカチッとハマって、「ああ、これ終わりに到着できる」ってわかってからは、めちゃくちゃ楽しかったのを覚えてます。こうやって、余すところなくピースを拾って終えられたのは、長編では初めてなので、その楽しさはあったかもしれない。

新川 確かに、自分の中で構造が見えて、それがぴったりはまることがわかって、あとは詰めてく作業って結構、勝ちいくさというか、楽しい。

小川 最後、復員船の船で終わるところまで見えて、それが構造的にきれいに閉じたので、その場面にたどりつくのが楽しみだった。『ゲームの王国』は、暴れ回ってるいろんな要素を、何とかなだめすかして風呂敷に包んで上から縛っておもりをつけて終わったみたいなイメージだったんですけど、今回は、僕の中ではきれいに閉じられたような気がしますね。船で始まって船で終わって。

新川 すごくきれいでした、ほんとうに。

――まだまだ話はつきませんが、時間が来てしまいましたので、今日はこのへんで。ありがとうございました。

「小説すばる」2022年8月号転載

地図と拳著者:小川 哲集英社定価:本体2,200円+税
地図と拳
著者:小川 哲
集英社
定価:本体2,200円+税

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