構造とディテール

新川 限りなく下から目線で分析するのも恐縮なんですけど、小説が構造とディテールでできてるとしたら、『地図と拳』の場合は、ディテールを積み重ねるやり方でいったん書かれて、そのうえで構造を調整するみたいな手法をとられてるのかなと。いままでの作品を読むと、小川さん自身が、構造とディテールの間を行ったり来たりされてる方なのかなと勝手に思っていて。構造とディテールって、理性と本能とか、知性と感情とかって言い換えてもいいんですけど、デビュー作の『ユートロニカのこちら側』だと、理が突き抜ける感じがあって、それですごく精緻な世界観になっている。逆に、『ゲームの王国』だと、ディテールの面白さを積み上げて、読者を煙に巻くみたいなところが面白かった。『噓と正典』だと、短編集だからっていうのもあるんですけど、それが一転、機能美みたいなものを有する短編が並ぶ感じで、構造に寄ってるなと。だから今回、どっちで来るのかなって、すごく楽しみにしてたんですね。そうしたら、こちらの予想をはるかに超えて、どちらに寄ることもなく、両方ともすごいレベルで。ディテールの積み上げ方の進歩ももちろんあるんですけど、構造もより強くなったっていう印象でした。なので、いまのお話を聞いて、ああ、やっぱり、と。

小川 うまくいってるかどうか別にして、考えていたことは100パーセントそのとおりです。今回、建築っていうテーマを選んだのも、小説としての構造が建築の構造と重なるので、作品の中で建築について考えることがそのまま小説について考えることになると思ったからです。僕は、読者としては、やっぱりディテールをすごく大事にするんですよ。その一方、小説の完成度や評価は構造で決まることが多いと思ってて。『ゲームの王国』は、ディテールを積み上げることで建物がギリ建ってるか建ってないか……みたいな建築になったんで、今回は、建物としてちゃんと建つようにしようと。ところが、さっき言ったように諸事情あって基礎工事がちょっとぐらぐらになってたんで、1年かけて基礎をつくり直したみたいなイメージですね。

新川 戦争ものって、そもそも事実レベルでディテールが面白いというか、生のエピソード自体にドラマ性がある。漫然とディテールを重ねていっても、それが感情を揺さぶって、それなりに面白くなる。だから、私がいままで読んだ戦争ものって、ディテールに飲み込まれて、構造を見失ってる作品が多い気がしたんです。それはそれで面白かったりもするんですけど、『地図と拳』は戦争を背景にしているのに、ちゃんと構造を踏まえて描かれてるのが何よりもすごいなと。その上で、もちろんディテールも一切手抜きなく、血肉がついた形で造形されている。

小川 ありがとうございます。そう思ってもらえたんだったら満足です。

新川 建築っていうテーマも、ほんとにそうだなと思って。作品自体が地図っぽいというか。作中でも書かれてますけど、地図をつくることが、混沌とした現実を理性的に把握する試みとして描かれていて、それはまさに、この小説自体が試みてることでもある。

小川 そもそも小説っていうものが、現実を整理整頓して、象徴によって再整備するみたいなものなんで、地図と似てるんですよね。

新川 そうなんです。なので、扱ってるモチーフと作品の構造がリンクしてて、すごくきれいだなと思っておりました。

小川 書いている小説としてうまくいくかいかないかっていうのは、そういう重なり合いで決まると思うんです。扱ってるモチーフ同士が構造的に相似形になってたりすることで、個々の話がメタレベルで重なり合ったり響き合ったりする。陳腐な言い方ですけど、その結果、小説に深みが出る。「地図とは」「国家とは」「戦争とは」「建築とは」みたいなテーマをいろんな階層で重ねたりぶつけたりする。『ゲームの王国』でも、同じことをやってたんです。「ゲームとは何か」という問題と、「国家とは」「政治とは」という問題を重ねる。その手法を、僕のいまの小説技術でもう一回やってみようと。一個のディテールが、小説のいろんな階層で、ほかのエピソードや大きい物語の骨組みと結びつくみたいな。それを計算して組んでいくのが好きというか、得意なので、それを意識してちゃんとやろうとしたのがこの作品ですね。こういうつくり方はもうしばらくやりたくないし、しないです、もう疲れたんで。

新川 すごくわかります。相似形って言葉がしっくりくる。

小川 こういうのって、最初からプロット組んでできないんですよね。実際にディテールを書いていく中で、そのディテールのいろんなメタレベルの要素を見比べて、それをほかのディテールとパズルのように組み合わせたり重ね合わせたりする作業になる。さすがにそれを最初から計算してやるのは人間業では無理。

新川 無理ですよね。素直に深掘りしていくと、自分が興味を持ったことだから、やっぱり何かしらつながりがあって、同じ構造が自然と見つかるみたいなこともあると思うし。自然科学的な面白さも感じました。自然界でも、いろんなところで同じかたちや比率が発見されたりするじゃないですか。そういう面白さもあって、私はそこがすごく好きでした。

小川 哲×新川帆立「地図とは何か。建築とは何か。そして、小説とは何か。」_2