「できないことは、できない」と言うべし

――「相手を深く知る」「よその組織の話はしない」。ビジネスパーソンが生かせるコミュニケーション術だと思います。そのほかに、取調べで大切にしていたことはありますか。

嘘をつかないことです。私は、取調べの技術指導を行う取調技能指導官でもあったので、若手刑事などに講義をする機会も多かったのですが、「嘘をつくな」と必ず教えていました。要するに、できないことは「できない」と言えと。

取調べでホシはいろいろなことを要求してきます。これをやってほしい、あれはできないのかと。もちろん、逮捕されているホシの処遇には厳格な規則がありますから、大抵の要求には答えられない。しかし経験の浅い刑事は、ホシの供述を引き出すために、そこを曖昧にして期待を持たせるようなことを言ってしまう。それは絶対にダメなんです。

変に期待を持たせてしまうと、要求が実現しなかったときに、取り返しのつかない失望を与えてしまう。だから、絶対に嘘はついちゃいけないんです。「規則で決まっているからできないんだ」とハッキリと伝えなきゃいけない。

――できないことは「できない」と言う。営業などの交渉でも必要になりそうです。

相手を期待させておいて、それができないとあとから分かったときの失望は絶大です。個別の商談だけでなく、相手との付き合いそのものが終わってしまうかもしれません。そうならないためにも、しっかりと「できません」と言える心構えはしておいたほうがいいでしょう。

数多のヤクザを自供させてきた元マル暴刑事の「コミュニケーションの極意」_3
暴力団本部に乗り込むのは日常茶飯事

――顧客や上司とのコミュニケーションに悩みを抱えるビジネスパーソンは多いと思います。何かアドバイスはありますか。

いろいろと話しましたが、私は誰かに習って、これらの教訓を得たわけじゃありません。すべて経験から築いていきました。取調べに同じパターンのものは一つとしてありません。人間は一人ひとり違うからです。だから、ホシとのコミュニケーションの仕方を相手によって変化させられるようになるまでに、多くの経験が必要でした。

ビジネスも同じじゃないですか。まずは経験を重ねる。そのなかで試行錯誤して成長していく。そもそも経験を重ねないと「成長したい」という意欲も湧いてこないと思います。

――「まずは経験」だと。

いくらパターンを学んでも、いきなりヤクザもんとガチンコで対決できるような人間はいませんよ(笑)。 私も経験を重ねるなかでヤクザもんに対峙できるようになったんです。よってビジネスパーソンにも、苦手な上司や取引先から逃げずに、積極的にコミュニケーションを重ねていくことをお勧めしますね。

数多のヤクザを自供させてきた元マル暴刑事の「コミュニケーションの極意」_4
著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』(小学館、2021年)

取材・文/島袋龍太、撮影/塩川雄也

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