国会議員や上場企業経営者のスキャンダルが頻繁に取り沙汰される昨今。ビジネスパーソンはどのようにして利害関係者と適切な距離を保てばよいのだろうか。数々のヤクザと接触し、交渉を重ねてきた警視庁の元マル暴刑事・櫻井裕一氏に「悪意ある相手に取り込まれないコミュニケーションのコツ」を聞いた。
「闇堕ち」せずにヤクザから情報を取るには
――著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』では、ヤクザとの距離の取り方が印象的でした。「取り込まれないし、拒絶もされない」といった絶妙の距離感を感じます。
ヤクザもんは、私をどうにか利用したいわけです。特に取調べでは、供述をエサにこちらを取り込んでこようとする。なかには、その罠にまんまと引っかかってしまう刑事も少なからずいます。
例えば共犯事件の取調べのとき、自分のことははぐらかすのに、共犯者の犯行だけペラペラと話すホシがたまにいます。「刑事さん、実はあいつは…」などと神妙な顔つきで話して、捜査に協力する姿勢を装いながら、追及から逃れようとしているわけです。
そういうやつは「人のことはいいんだよ。お前の話をしろよ」と伝えて、しっかりと突き放す。ヤクザもんの人間性を理解することも大切ですが、一方で誘い文句には絶対に乗っちゃいけないんです(櫻井さん、以下略)。
――『マル暴』では、ヤクザに取り込まれ内通者になってしまう、いわゆる「闇落ち」した刑事についても触れています。
マル暴の刑事にも、ヤクザもんとの距離の取り方が上手なやつと下手なやつがいます。下手なやつは、向こうから情報を取ろうと距離を詰めすぎて、いつのまにか取り込まれて警察の情報を流しちゃうんです。ミイラ取りがミイラになる。「超えてはいけない一線」を理解しないといけないですね。
――近付かないと情報は得られず、近付きすぎると「闇堕ち」のリスクがあると。どうすれば適切な距離が保てるのでしょうか。
こちらの情報の見返りに、向こうの情報をもらっているようではダメ。こちらの情報は出さずに相手に話してもらうには、「この刑事になら話してもいい」という信頼感を与える必要があります。そのためには、こちらもヤクザもんに見返りを求めてはいけないんです。
『マル暴』にも書きましたが、駒込署の暴力犯捜査係で勤務していたころ、とある事件で捜査協力を求められた某団体の組長が「駒込の櫻井係長となら話をしてもいい」と、私を指名してきたことがありました。
私は組長と特別に距離が近かったわけではないんです。ただ、組長の父親が駒込署の管内で落とし物をしたときに、それを自宅まで届けに行ったことや、組長の奥さんが物損事故を起こした際に、現場まで行って事故処理を助けたことがありました。でもそのときに「組長と会わせてくださいよ」なんて頼まなかった。するとしばらくして、組長の方から「自宅に来ないか」と誘いの連絡が入りました。
恩着せがましい刑事だったら「親父や奥さんの面倒を見てやったんだから…」などと言って、組長と接触しようとします。でも、そこで見返りを求めちゃいけないんです。見返りを求めないから、こちらのことを信頼して向こうから情報を出してくるんです。変にガツガツとしていると、足元を見られてしまいますよ。