「心が広くなるような物語を」『ふくろうハイムの扉をひらけば』名取佐和子 インタビュー_1
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ふくろうハイムの扉をひらけば
著者:名取 佐和子
定価:2,200円(10%税込)

ふくろうハイムの扉をひらけば
著者:名取 佐和子
定価:2,200円(10%税込)

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現代の長屋群像劇

――マンションに出る女の幽霊をなんとかしてほしい。そんな依頼を受けて、住宅管理会社でアルバイトをする二十二歳の椚央次郎(くぬぎおうじろう)が〈ふくろうハイム〉を訪ねるところから始まる本作。わずか六戸の小さなマンションに潜んださまざまな家庭の事情を、管理員の立場を通して垣間見る、現代の長屋群像劇といえる作品です。

名取 前作『銀河の図書室』(実業之日本社)が高校の部活を舞台にした青春小説だったので、大人が出てくるものを書きたいなと思ったんです。最初は、年配のご婦人と社会人になりたてくらいの若い男の子の交流譚とかどうかなあ、と思いついた程度だったのですが、血の繫がりがない限り、その二人が出会う機会はなかなかないですよね。でも、マンションの管理員と住人なら自然と交流できるかもしれない、キャラクターも動き出してくれるかもしれないと考えました。年齢差もあるので、業務上、いたしかたなく関わらなきゃいけなくなってくる、という関係のほうが自然である気がしましたし。

――マンションの管理員という仕事には、前々から興味があったのでしょうか。

名取 いつか書いてみたいアイデアとしてあたためていました。以前暮らしていた分譲マンションには、週五日、管理員の方が通いで来てくださっていて。家で仕事をしている私は特に顔をあわせることが多く、掃除をしたり業者とやりとりしたり、私たちの生活を支えてくださっている姿も見ていたんです。ただ、調べてみると管理員業というのは定年後、第二の雇用先となることが多いようで、たいていは年配の方。就業時間も八時から十五時くらいで、会社勤めとはちょっと違うその場所で、若い男の子が働いていたらおもしろいんじゃないかと思い、生まれたのが主人公の央次郎です。最初は世慣れた軽い調子の男の子をイメージしていて、そのほうが住人である老婦人との会話もぽんぽん弾みそうだと考えていたんですけど、コミュ力があって物怖(ものお)じしない男の子が、人との関わりが少なそうな管理員業を選ぶだろうか、と疑問が湧いたんですよね。

――それで、吃音に悩んでいる青年に。

名取 人によって症状は異なるそうですが、誰かと会話するときに、なめらかに言葉が出てこないことで、つらい思いをすることもあるのではないか。人によっては、できるだけ他人と接することのない職業を選ぼうとするのではないかと思ったんです。緊張して言葉につまってしまうイメージを持つ方が多いですが、実際は、そもそも言葉が出てこなかったり、緊張しているわけじゃなくても上手に話せないこともある。むしろ気を抜いた瞬間に言葉が出なくなることも少なくないと、監修をお願いした医学博士の菊池良和先生に教えていただきました。あとは、苦手な発音の言葉を言わなくてはいけないときは、その場で瞬時に言い換えるなど、考えながらお話しされている。それゆえに、言いたいことをまっすぐ伝えられず葛藤を抱える人も多いのではないかと思い、主人公の性格がかたまっていきました。

――カ行が苦手な央次郎が「合羽」をとっさに「レインウェア」と言い換えるシーンがありました。

名取 そうした実際の症例をお借りしつつ、「吃音とはこういうものである」という型にはめた描き方はしないように気をつけていました。

「心が広くなるような物語を」『ふくろうハイムの扉をひらけば』名取佐和子 インタビュー_3

他人と違っても堂々と胸を張る

――だからこそ、大学をやめて誰とも関わらずマイペースに働ける仕事を探していた央次郎にとって、管理員業は理想的だったはずなのに、ふくろうハイムに住む上田千依(うえだちより)という、コミュ力最強の老婦人に出会ったことで、日々が賑やかに変わり始めます。

名取 最初は、作中にも書いたように、『スプーンおばさん』みたいなかわいらしいおばあちゃんをイメージしていたんです。言動も乙女チックで愛らしくなるよう心掛けながら、央次郎を引っ張っていく相棒として描いていたんですけど……。

――ただものじゃない雰囲気は、冒頭から漂っていますよね。やたらと行動力があるし、何を聞いても「カルチャースクールで習った」と豊富な知識を披露する。

名取 千依さん世代の女性は専業主婦も多く、家庭のことを任されていたから、自分一人で自由に旅行したり食べ歩いたりする機会が少なかったんじゃないかなと思ったんです。ご近所で親しくする人がいても、なかなか、本当に誰かと共有したいことは話せなかったりしますよね。カルチャースクールに通うことが、唯一の息抜きであり、自分だけの居場所だというような人もいたんじゃないかと思いました。習うトピックだけで盛り上がって、よけいなことをしゃべらなくてすむ場をもつのは、大人にこそ重要なんじゃないかと。そんなことを考えながら書いていくうち、気づけば千依さんの背景がどんどん膨らんで、ただのかわいらしいおばあちゃんではなくなっていきました。

――知り合った住人たちの家庭の事情を放っておかず、押しつけがましくならないギリギリのラインで手を差し伸べる千依さんに央次郎はふりまわされていくわけですが……彼にとっても重要だったのが、第二章に登場する301号室の住人、瀧友将(たきゆうしょう)と占部柑(うらべかん)という男性同士のカップルです。

名取 第一章では、央次郎はまだ自分が吃音であることを隠しているんですよね。言葉がつっかえると、不自然でも言い換えることでどうにかごまかし、いつ吃音を指摘されるかとびくびくしている。他人に変だと思われないよう、自分を隠すことに必死だった彼だからこそ、自分たちは同性カップルであるとあっさり公言する友将たちに衝撃を受けたんだと思うんです。でもだからこそ彼は、友将の「吃音か?」という言葉に初めて素直にうなずくことができた。他人と違うところがあっても堂々と生きている人の姿はきっと、央次郎にとっての救いになるんじゃないかと書きながら思ったんです。

――友将だって人の目を気にしていないわけじゃない、きっと心無いことを言われたこともあるだろうけど、自分たちはこれがふつうなんだと、特別感なく描かれているところがいいなと思いました。

名取 異性のカップルや夫婦が暮らすのと同じように、あたりまえに同性カップルも住んでいるはずだけど、あたりまえのこととして描きすぎるのも、現実から目を背けることになってしまう。その塩梅も気をつけながら描きました。

――〈自分を特別視して縛り付けてるの、案外自分自身だったりするぞ〉という友将のセリフは、彼が同性愛者だからこそ重みをもつものでもあるし、一方で、どんな人にも心当たりのある、刺さる言葉だなと思いました。

名取 ありがとうございます。友将と話したことで央次郎は「自分の状態を堂々と言える自分でありたい」と思えるようになったんじゃないかと思います。吃音であることを知っても誰も引いたりしない、ただ、そうなんだと受け止めてくれる人たちがいるんだということも、少しずつ感じ始めていたんじゃないかなと。

――それが、人が胸を張って生きていくためにはいちばん大事なことですよね。だけど央次郎の場合、いちばん味方であってほしい両親……とくに母親は、央次郎の吃音が出るたび戸惑った表情を浮かべる。ふくろうハイムに居場所を見つけるにつれて、母親との関係に対比が生まれて、切なかったです。

名取 最初は実は、あんまり親子関係については考えていなかったんです。でも、子どもが突然大学をやめて何も思わない親はいないだろうし、フルタイムとはいえアルバイトの彼はおそらく実家で暮らしているのだから、毎日、顔をあわせなくちゃいけない。そもそも央次郎が吃音であることをこれほど抱え込むのは、親とのあいだに何かがあるんじゃないか、と考えるうちに、自然と関係がかたまっていきました。腫物のように扱ったり、央次郎のためを思って空回りしてしまったりした部分もきっとあるのではないかなと、両親側の想いもちゃんと描きたくなったんです。