「炎が映し出す相剋と相生」『慶応四年、江戸炎上』神尾水無子 インタビュー_1
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慶応四年、江戸炎上
著者:神尾 水無子
定価:1,925円(10%税込)
慶応四年、江戸炎上
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「火」に込めた表現の実験

――『慶応四年、江戸炎上』は、町火消の若頭・零次が主人公です。火消を主人公にされたのはなぜでしょうか。

神尾 もともと雨や月、火などを表現する日本語が好きで、主人公が火消なら、火についていろいろな表現ができるんじゃないかというのが出発点でした。冒頭の火事の場面で「火焔(かえん)」「火龍(かりゅう)」「劫火(ごうか)」と火の表現を変えているのも、読んだ方がどんな想像をしてくれるだろう、という期待からです。
 火消という職業については、いわゆる「お仕事小説」とは少し違うものを書きたいと思いました。『我拶もん』の主人公・桐生(きりゅう)は、仕事が好きで、張り切ってガンガンやるタイプ。でも、今回の主人公・零次はその真逆です。仕事として火を消すというよりは、自分自身の内面との闘いが火を消すことにつながっている。零次にとって火は(かたき)であり、救いでもあるという矛盾を抱えています。
 本格的にそう思うようになったのは、一度プロットを出したときに、担当編集の方から「江戸の町が燃えてしまえばいいと思っている火消というのは面白い」と言っていただけたところからです。

――「江戸なんかことごとく燃え尽きちまえばいい」という零次の内面が明かされるくだりはたしかに衝撃的でした。

神尾 勝海舟(かつかいしゅう)が変なことを言っていたのを思い出したんです。変なことというのは「江戸焦土作戦」です。新政府軍が江戸に侵攻してくるより前に、幕府が江戸を焼き払ってしまおうという作戦で、十九世紀のロシア帝国がナポレオン軍を追い払ったモスクワ焦土作戦にヒントを得たと言われていますけど、とんでもない作戦ですよね。実際には行われませんでしたが、勝海舟が計画していたと本人が言っています。勝海舟は江戸に火をつける役目を火消たちに命じたと言っているので、火消の話なら、このエピソードが使えるんじゃないか、というところからアイデアが広がっていきました。もともと私は幕末が一番好きなので、その時代を書けることは嬉しかったですね。

――零次のキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか。

神尾 元号が平成から令和に変わったときに、テレビで改元の生中継を見ていました。その番組で「令」という字について、人が祈る姿を表した字だという話を解説者の方がされていたんですね。
 ふと気になって「零」を調べてみたら、「雨」に「令」で、「祈りが通じて雨が降る」という意味を持つ字だと知ったんです。その瞬間に「これは使える!」と思いました。火消の名前としてもぴったりですし、これまで祈ることの意味を知らなかったり、祈ることができなかった零次という人間が、物語の中で変われたらいいな、という思いを込めることができました。

零次の心と色をよみがえらせる

――零次は七歳の時に父親が詐欺の罪で捕まり、たった一人の妹・お(さと)も失うという過酷な過去を持っています。零次のような複雑な登場人物がどう変わっていくのかが、この小説の読みどころの一つでもあると思いますが、零次の造形についてはどのように考えていったのでしょうか。

神尾 物語の最初の頃の零次が見ている世界は、炎にしか色がついていなかったんだ、と後から気づきました。ほかの色が見えていなかったんです。だから、周囲に心を閉ざしてしまう。現実を見たくないから心を閉ざす。心を閉ざすから人とわかり合えない。人とわかり合えないから傷が癒えない。結局、自分の心もよみがえらないし、色も見えない。悪循環です。
 では零次はいつ、どこで変わるんだろう。それが戦場でした。鳥羽(とば)伏見(ふしみ)の戦いに敗れ、大坂城へ敗走した幕府軍の混乱と、戦場の(むご)さを目の当たりにして、零次は自分が無力なんだと思い知ります。
 零次は妹を失ってから、ずっと心の傷を抱えて生きてきました。零次の古い傷を治すには、新しい傷が必要でした。現実に目を向けざるを得なくなるような衝撃的な傷が。戦で心を徹底的に痛めつけられ、それでも生きたいと願うことで、零次はやっと血が通った人間らしく生き始められるんじゃないか。
 そのために、前半では色に関する表現を一切していません。逆に、大坂での戦以降は、できるだけ色彩を表現しています。零次は色を取り戻して、心も少しずつ再生していきます。

――零次の再生が物語の底流にあるわけですね。作者の立ち位置としては、零次とどのように距離を取っていましたか。

神尾 書き始めた当初は、少し距離があって、俯瞰(ふかん)して物語を眺めているような感覚でした。でも、物語の後半からは自分自身も作中の世界へ入っていけたような気がします。特に物語の舞台が大坂に移ってからは、私自身も作中の空気にしっかり潜り込めていたんじゃないかと思います。
 実際に執筆中、他のことをしているときでも、零次が頭の中で(しゃべ)っているような気がして、台所に置いてあるメモに書き留めたりしていました。

――台所にメモが置いてあるというのは面白いですね。

神尾 メモというか、付箋が家中あちこちに置いてあって、思いついたフレーズや台詞(せりふ)をその場ですぐに手書きして貼っておくんです。後でまとめて仕事部屋で書き写すようにしています。

――スマートフォンなどではなく、手書きなんですね。

神尾 自分の手で紙に書かないと、物語のイメージが立ち上がってこないんです。

――家中に付箋が貼られている光景というのは、「作家の創作現場」という感じですね。写真や映像で見てみたいです。

神尾 いえいえ、私以外には誰も解読できないような汚い字なので、とても人様にお見せできるようなものではありません(笑)。