「次は人間にも来るんでないかい」ヒグマの肉食を恐れた猟師
「昔なぞ、オレが子ども時分にはこのあたりの山にはクマなんていねがったものな。クマ獲るなんていえば岩手との県境のほうまで行かねばいねがったもんだもの。ところが明治、大正という頃にはこのあたりではベコ(牛)を飼ってたもんだ。
そのベコがクマにやられたもんだな。クマはベコを獲ると沢まで引きずっていって沢の流れのなかさ浸けておいたらしいんだ。それを喰いにまた通ってきていたらしいんだな。そういうごどをしゃべってたもんだすな。もっともオレが覚えてからだばや、クマがカモシカを喰うようになったものな。クマは獣だものな。そういうごどするのしゃ」
と、秋田県北秋田市阿仁の鈴木松治さん(故人)が話していた。クマは家畜を襲って捕食してもいたのである。
1990年代に入ると、北海道でも変化がはじまっていた。「近頃さ、シカをヒグマが食べるようになってきてさ。いや、冗談ではないのさ。ヒグマがエゾシカを食べるようになると、あまりそれを憶えられちゃうとさ、次は人間にも来るようになるんでないかい。それが怖いんさ」と、ある北海道の猟師が話していた。
野生動物の世界はちょっとしたことでバランスが崩れる。ただ、ここでいうバランスとは私たちが経験知のなかでそのように感じていただけであって、自然界のなかの現実的バランスは私たちのうかがい知らないところにあるのかも知れない。
1990年代に中部・東北地方ではカモシカが増加しはじめ、丹沢山地や日光ではニホンジカが増えはじめた。太平洋側のブナ林で知られた丹沢山地の森林がシカの食害によって見るも無惨な姿へと変化していったのは1990年代であった。
知床半島の森林帯、林床の草が食われ、さらに「樹皮はぎ」という害へとエスカレートしていったのも1990年代のことであった(梶1995、湯本・松田2006)。
そして日光などのツキノワグマは、カモシカだけではなくニホンジカをも捕食しはじめるようになった。もっとも、カモシカやニホンジカを捕食するようになる以前からツキノワグマによる人間の捕食もあったのであるから、この肉食化の動きと人間への影響という問題は直接的には結びつかないだろう。今言えることは、クマのなかには襲って倒したものを食するという行動をとるものがいるという事実だけである。













