大量捕殺でもクマが街から消えない理由
さらに、昨年の後半あたりから「来年は、木の実も豊作らしいから出没は収まるんじゃないか」という声をときおり耳にした。しかし、そうとも言えない見方がある。子グマの段階から平野部で育ち、平地農村や都市郊外の環境、あるいは都市内部の環境にすでに馴染んでしまい、適応を果たしてしまったアーバンベアと呼ばれるような適応個体は、木の実が豊作になった程度で自然の側に回帰するようには思えない。
まったくそちらに興味を示さないというのではなく、より刺激的なものが身近にあればそちらに向かうだろうと思われる。さらに、今年2026年は6月末現在でツキノワグマを1891頭、ヒグマを222頭捕殺しており、計2113頭を捕殺済みである。緊急銃猟は、令和8年度4月1日から8月5日までの4か月間で発砲にいたった事例は25件になる。
2025年10月からはじまった緊急銃猟は、2025年10月から本年の3月末までに60か所にのぼっている。緊急銃猟はこの2年あまりの間に平野部の都市およびその周辺で実施されており、いかにクマ類が都市部に集中的に出没しているかが明らかとなっている。
この傾向は2010(平成22)年頃から顕著になっているが、なぜそんなにヒトの後を追うように平野部での出没をくり返し、都市近郊農村や地方都市内部にこだわるのか、それは大量捕殺で一時的に固体数が減少したとしても、人里や都市周辺の農村地帯に魅力的な餌場や潜んでいられる場所が残されている限り、周辺のクマ類は常にその空いたニッチ(生態的な地位)を利用して繁殖することになるだろう。
つまり、問題の本質は固体数だけではなく、人里や都市内の多様な餌の存在と良好な野生動物の生息環境(City Clutter:都市の雑多な景観という意味。ここでは都市が野生鳥獣を引きつける要素の群れ)への依存であろうと思われる。都市という空間は、ヒトにとっても許容量の大きな生き延びることが可能な空間とも言える。
生きようとする意志と知恵があれば都市は意外性のある生命維持空間となりうる。と、いうことは、この革新的課題は、都市および周辺の農村地帯におけるヒトの管理体制にあることが理解できるだろう。もはや都市の住民にとっても他人事ではないのである。













