「鋼のメンタル」を生んだ「自由」と「挑戦」
菜の花保育園は、「自由」と「挑戦」にあふれた世界だった。僕には「障がいあるから」という理由での規制は一切なかったし、先生の中に「連志くんにはできないだろう」と止めさせる、なんて人は一人もいなかった。
やりたいことは何でもさせてくれたし、できなかったり危なかったりした時は「どうすれば連志くんにできるか」を考え、やり方を変えていく方針だった。
そんな環境で、僕は思いっきり遊び、何にでもチャレンジした。幼少時代のビデオでは、小さな僕が元気いっぱいにはしゃぎ回っている。「本当に楽しかったんだろうな」と羨ましく思うほど、のびのび走り回っているのだ。菜の花保育園は、僕に体と心の両方のたくましさを育んでくれた。
例えば、鉄棒の逆上がり。友だちと同じように両手で鉄棒を握ることはできない。そこで僕が編み出した方法は、手首を返して巻きつけるようにして鉄棒をホールドすることだった。鉄棒にぶら下がりさえすれば、身体能力の高さには自信があったから、あとは何とでもなると思っていた。空中にぶら下がった状態のまま、腕と上半身を使って力ずくで回転することに成功し、僕は鉄棒を難なくクリアした。
負けず嫌いの僕が、できるまでとことん挑戦できる環境、それが菜の花保育園だった。ここでの成功体験の積み重ねが、「自分はできる」という信じるマインドになっているし、「無理だ」と考えず、自分に合った方法を探す思考の習慣になっている。それは、戦略や計画を立てるのが好きな、現在の僕の行動パターンに大きく影響を与えていると思う。
文/鳥海連志













