そもそも、次世代への「ツケ」とは何か?
小渕氏の発言は一見、財政に責任を持つ政治家の良心のように聞こえる。だが、この「次世代にツケを残す」という論法は、事実の順序を取り違えている。
本稿は、小渕氏個人ではなく、氏が口にした「次世代にツケ論」という主張そのものを当時の政府文書と、政治家自身の言葉で検証したい。
結論を先に言えば、次世代にツケを回してきたのは減税ではない。むしろ安定財源である消費税そのものだった。
そもそも、次世代への「ツケ」とは何か。将来世代が背負わされる借金、すなわち赤字国債の山のことだ。ならば問うべきは単純である。その借金の山はどうやって積み上がってきたのか。
消費税は、ツケを膨らませる装置そのものだった
鍵は、消費税。その特殊な性格にある。
所得税や法人税は景気に大きく左右され、不況になれば税収が落ち込む。ところが消費税は、好不況にかかわらず、消費という広い裾野から確実に取れる。しかも、物価が上がればその分だけ税収も自動的に増える。
政権の失策で物価が高騰した局面ですら、消費税収はむしろ膨らむ。経済運営にしくじって悪いインフレを招いた政権ほど、税収は上振れするのだ。痛みを招いた側が、その痛みでかえって潤う——それが消費税である。
この「最強税」を、財政当局は国債発行の”返済のあて”に使う。確実な担保があるほど金は貸しやすい。政府の借金枠は広がり、赤字国債は際限なく積み上がる。つまり消費税は、財政規律を守る道具どころか、ツケを膨らませる装置そのものなのだ。
安定財源さえあれば、政治家は歳出を切る痛みから逃げられる。改革などしなくても、当面の帳尻は借金で合わせればいい——そうやって先送りされ続けたツケが、いま次世代の肩に載っている。
「何百兆と国債を出せた」「好き放題できた」
「消費税があるから社会保障改革が進む」どころか、消費税があるからこそ、改革は三十年以上も先送りされ、ツケだけが膨らんできたのである。
これは憶測ではない。増税を容認してきた側の政治家自身が、それを認めている。
立憲民主党の衆議院議員だった米山隆一氏は、かつてこう語っている。
「あの時に野田佳彦首相が消費増税を決断したから日本は救われた。コロナ禍で何百兆と国債を出せたのは増税をしていたから」
さらに、こう続けた。
自民党の人と酒を飲んだら、その人も「俺たちがあんな好き放題できたのは、野田が消費税を上げてくれたからだ」と言っていた、と。
聞きようによっては、増税の手柄話である。だが、白状しているのは正反対のことだ。
消費税を上げたから「何百兆と国債を出せた」「好き放題できた」——これはつまり、消費税を担保にして、政治家が将来世代へのツケを好き放題に積み増してきた、という自白にほかならない。
増税は改革の担保ではない。ツケの担保だったのだ。そして、そのツケを払わされるのは、減税に反対している当の政治家ではない。私たちであり、子どもたちである。













