お二人に質問:「同業者をライバルだと感じること、ありますか?」

逢坂 いやぁ、作家にはライバルなんていませんよ。……え? 私、エッセ(*5)で「よきライバルの存在が励み」って書いてるの?……まあ、それはお世辞みたいなもので。ほかの人が何を書こうが、ベストセラーを出そうが、うらやましいとか、ざまぁ見ろとか、そんなふうに思ったことはないですね。私は、あくまでライバルは自分自身だと思っていますから。そのエッセイは絶版にしてください(笑)。

池井戸 ハハハ。今作で太郎は同じ賞にノミネートされた女性作家をちょっと意識しているんですが、それは彼女自身のことが気になっているせいじゃないかと。僕も、ほかの作家をライバル視することはないですね。作家にはそれぞれ自分の世界観があって、そこがオリジナリティーとなって存在している。自分以外誰も書けない世界がないと、作家ではいられないじゃないですか。いうならば、それぞれに自分の国の領土があって、それらが並び立っているというイメージで。

逢坂 そうだね。その領土から一歩も出ないです、私なんかは。

池井戸 そんなこと言って逢坂さん、時代小説を書いたりして〝越境〟してるじゃないですか。ひところ僕に会うと、必ず「池ちゃんも時代もの、書けよ」と言ってましたよ。

逢坂 それは、ほら、自分の世界を深めることであって……もしかして、書く気になった?

池井戸 いやいや、とても。

逢坂 そうなら、こちらもちょっとライバル意識が持てるのに(笑)。でも、時代小説は、いい勉強になると思いますよ。時代考証のために資料を相当読み込むことになるから、それによって頭が活性化する気がする。私自身は、ずいぶんプラスになったと思ってます。

池井戸 なるほど。僕は最近、脚本に興味を持っているんです。ちょっと知っているツバキミチオという人が映画の脚本を手がけて、今度、ミュージカルも書くというので(*6)

逢坂 脚本! 私も書いてみたいと思うんだけど、あれは難しいかね?

池井戸 (小声で)地の文が要らないのでその分楽だと言っていました。違う難しさがあるんでしょうけど。せいぜい仏教の宗派の差くらいだと思います。

逢坂 本当? かなり飛躍している気がするけどなぁ。しかし、こんな話を聞いていると、「やっぱり俺も」という気になってくるね。親しくしている作家仲間の本を読めば、こちらも書きたい気持ちになってくる。そうすると、作家の〝馬力〟が出るんですよ。

池井戸 馬力?

逢坂 馬が走り出そうとしても、体の重みがあるから、なかなか走り出せないじゃない。だけど、ようやく走り出して、ある程度走っていくと、勢いがついてどんどん走れるようになる……小説も、そういうものだという気がするんだよね。

池井戸 そうですね。

逢坂 そのまま終わりまで書き続けられればいいけど、なかなかそうもいかないから、また途中で馬力を出すための助走期間を取ったりする、その繰り返し。馬力が湧く、あるいは湧かせる技術があって、どんどん作品を書く、そういう人がプロの作家なんだろうと。昔の評論家には多作する作家を軽んずる風潮があったけど、私は間違っていると思うね。最大とは言わないけど、それも作家の大事な才能。柴錬さんにしても、池波さんにしてもそうだったわけで。池ちゃんは、そんなに多作なほうじゃないね。

池井戸 1作ずつ大事に書いている、という感じです。だから、逢坂さんのように複数のジャンルで書いていくのは、やっぱりすごいことだなと。

逢坂 どうってことないよ。僕だって急に純文学を書けと言われたら困るけど、それ以外なら、たいていのことは大丈夫。お互い、昨日今日の駆け出しの作家ではないわけだし。駆け出しの人が馬力を養うには、とにかく乱読することでしょうね。たくさん読んでいるうちに、自分の好きなタイプの小説とか、好きな作家が必ず見つかるから、それを集中して読む。読む力がないと、書く馬力は湧いてこないです。

池井戸 そう思いますね。本を読まずに作家になっている人は、まずいない。そして皆、誰かの真似から始めますから。

逢坂 そうそう。自分の文体ができるなんていうのは、晩年ですよ。たぶん、死ぬ間際くらいでしょう。まあ私は、これからですよと言われても、もうこの歳ですから……。

池井戸 ハハハ。今、エンタメ小説が本当に世の中に必要とされているかどうかはわかりませんが、でも、ない世界よりは、ある世界のほうがずっといいと思ってます。自分に求められているものも、きっと何かあるんじゃないかと信じて。

逢坂 本が売れたら、求められている実感は持てるかもしれないよね。でも私は、やっぱり自分が楽しくて書いていることが多いなぁ。頼まれて書き始めたとしても、書いているうちに楽しくなって、のめり込んでいくというパターンで、その繰り返し。

池井戸 それこそ、馬力ですね。

注釈
*1 公安警察と殺し屋「百舌」との宿命的死闘を描いた『百舌の叫ぶ夜』(1986)を皮切りにした人気サスペンスシリーズ。『幻の翼』『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』『鵟の巣』『墓標なき街』『百舌落とし』(上下巻)に、シリーズの前日譚『裏切りの日日』がある。2014年、TBSとWOWOWの共同制作により西島秀俊主演でドラマ化された。

*2 「小説『百舌落とし』刊行に伴う小説『MOZU』シリーズ完結 全7巻」に対して、第61回毎日芸術賞(2019年度)が贈られた。

*3 選考会当日、作家が編集者などとともに、結果を待つ催し。

*4 1986年、『カディスの赤い星』により受賞。同時受賞は常盤新平『遠いアメリカ』。選考委員は池波正太郎、五木寛之、井上ひさし、黒岩重吾、陳舜臣、藤沢周平、村上元三、山口瞳、渡辺淳一の各氏。

*5 「一番の刺激は、がんばる同世代」(『ご機嫌剛爺 人生は、面白く楽しく!』収録)

*6 池井戸氏はツバキミチオ名義で映画『シャイロックの子供たち』の脚本を執筆(本人は正式には認めていない)。同作で2024年、第47回日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。同じく、脚本を手がけるミュージカル『民王』が今年9月6日に東京・シアタークリエで開幕する。

ハヤブサ消防団 森へつづく道
池井戸 潤
ハヤブサ消防団 森へつづく道
2026/8/5
2,200円(税込)
440ページ
ISBN: 978-4087700633
【田園暮らしのミステリ作家vs美貌の歴史ミステリ作家】
ドラマ化&柴田錬三郎賞受賞の大ヒットミステリ、待望のシリーズ新作登場!

ミステリ作家の三馬太郎が自然豊かな八百万町ハヤブサ地区に移り住んで数年。地元消防団の一員としても忙しい毎日を過ごすうち、とある文学賞にノミネート! 最大のライバル候補は、今をときめく美貌の歴史ミステリ作家・北原未南。だが、未南に不可解な疑惑が持ち上がる。

一方、八百万町では、ある若い女性が我が子を残して川から水死体で発見されていた。事件の真相を探るうち、太郎は町を揺るがす巨大な疑惑に巻き込まれて……。
【集英社創業100周年記念作品】
amazon 楽天ブックス 丸善ジュンク堂書店 セブンネット TOWER RECORDS 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon

オリジナルサイトで読む