池井戸潤氏(左)、逢坂剛氏(右)
池井戸潤氏(左)、逢坂剛氏(右)
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作者のハードボイルド性が
「熱波」とともに伝わってくる

池井戸 お久しぶりです。今日はありがとうございます。

逢坂 いやいや、普段着で申し訳ない。池ちゃん(池井戸さん)とは、いつ以来かな?

池井戸 たぶん、ランチ会です。逢坂さんと僕で「101回ランチ」という名前をつけた……。

逢坂 そんな名前、つけてたっけ? 記憶にないなぁ。

池井戸 つけてました。一度、逢坂さんがすっぽかしたことがありましたよね。約束していたのに、ぜんぜん現れないから編集者と一緒に事務所に迎えに行ったら、応答がない。心配していたところに逢坂さんがのんびりやってきて、思い出されたのか、いきなり「すみませんでした!」って土下座したんですよ。公道で。

逢坂 ハハハ! そうだった、そうだった。

池井戸 一緒にいた編集者が「いえいえ、こちらこそ!」って土下座返しをするから、僕は「いいから、とにかく行きましょう」と(笑)。もとはといえば、逢坂さんが『下町ロケット』の書評を書いてくださったことが、交流のきっかけでした。その後、『ハヤブサ消防団』を、柴錬(柴田錬三郎)賞に選んでいただいて。

逢坂 あの作品は、我々作家仲間が誰も書いたことのない世界だと思った。ミステリーというものは、だいたい都会で起こる物語なんだよね。とくにハードボイルドタッチのものは。それが、のどかな田園で発生する。池井戸さん自身は、別にハードボイルドを目指して書いたわけではないかもしれないけど……。

池井戸 そうですね。今、言われてはじめて意識しました。最初は記録小説というか、岐阜の山奥にあるうちの田舎の話を書こうと思って始めたんです。地名の由来とか昔あった事件とか、父から聞いていた地域にまつわる近過去の伝承みたいなものがあって、たぶん父も僕に話しておかないと記憶そのものがなくなってしまうと思っていたんでしょう。それらのエピソードが意外と地元の人にも知られていなかったので、じゃあ小説という形にして残しておこうと。だから、非常に個人的な作品だともいえます。

逢坂 地元のことでないと、こういう作品にはならないよなぁ。それでも、池井戸潤という作家の精神の中にあるハードボイルドな部分が、この作品にはよく表れていると感じました。それと、やっぱりストーリーテリングのうまさ。私の知る中では、少なくとも三本の指に入ると思いますね。読んでいて、まったく退屈することがない。自分の小説だって、後で読み返すと退屈だと思う部分があるものなのに。

池井戸 あるんですか?

逢坂 あるんだよ、それが(笑)。池ちゃんのは天性のものとしか言いようがないかもしれないけど、少なくとも、本人がおもしろがりながら書いているのは、よくわかる。もちろん、苦労もしているだろうけど、苦労そのものも楽しんでいるというか。「これはきっと誰も書いたことがないに違いない」という意気込みが、読む側に伝わってくるんですよ。熱波となって。

池井戸 熱波か……。僕の小説にはプロットがないので、その都度その都度、「次、どうなるかな」と考えながら書き進めています。だから、楽しんで書いていることは間違いないですね。たまに、自分で作った謎が自分で解けなかったりと、不可解なことが起こりますが(笑)。でも、それを乗り越えながら書いていって……たとえると、陶器を焼いて(かま)から出してみたら「ああ、こうなったか」というような感じに近いかもしれません。

逢坂 うまいこと言うね。確かに、最初から最後までキチッと考えて、それを写していくような作業をしている作家は、まずいないだろうな。短編ならともかく。

池井戸 長編は不可能ですよね。『ハヤブサ消防団 森へつづく道』では、少し取材もして、前作とは違う意味のものを書いてみようと思いました。今、このご時世で、皆が大事なことを忘れかけているんじゃないか? という思いも込めて。でも本当は、シリーズものは書きたくなかったんです。シリーズものって、出せば出すほど、なぜか前作より部数が減るような気がしていて(笑)。

逢坂 それは困るなぁ。でも、読者は求めているよ、確かに。

池井戸 田舎の町の人たちが喜んでくれているのは、よかったなと思います。故郷に「ハヤブサ・ミュージアム」ができたんですよ。町おこしの一環で。

逢坂 それは貢献したね。自分の町から大作家が出るのはうれしいだろうし。私も郷土の誇りになりたいもんだ(笑)。

池井戸 逢坂さんの作品シリーズで、いちばん長く続けたのは、どのくらいですか?

逢坂 どうだったかな。私も都度都度、思いつくままに書いてきたから……。(「百舌(MOZU)シリー(*1)」が7作あります、と編集者より耳打ち)あ、そんなに書いてたか。

池井戸 7作。すごいじゃないですか。

逢坂 うん、私も驚いた(笑)。しかも、そのシリーズで(*2)もいただいていたと。いやぁ、よく読んでもらえたものだと思います。

「待ち会」は針のムシロ?
文学賞は作家人生の一大イベント

池井戸 今回、主人公の三馬太郎が、作家としてちょっと売れてきて、ある文学賞の候補になるんですが、僕自身はひところ、文学賞の〝連敗〟記録を自慢していたんです。

逢坂 そうなの? 直木賞は何回めで受賞したんだっけ。

池井戸 3回めです。でも、その前に吉川英治文学新人賞やら何やら、けっこう落ちていて。だから、今作に登場する「待ち(*3)」の取材は不要でした。

逢坂 待ち会、嫌だよねぇ。落とされること自体より一緒にいる人たちのことが気になって、「落ちたら皆に顔向けできないなぁ」と、ハラハラしてた。

池井戸 あるとき、待ち会にテレビの取材が入ったことがあったんです。マイクをつけられているから、うっかり人の悪口も言えない(笑)。そのときも落ちたんですが、テレビの人たちの撤収の早いこと! 何事もなかったかのように、一瞬でいなくなりました。

逢坂 ハハハ! 葬式の客みたいだな。

池井戸 だから、2011年に直木賞をいただいたときは、「これでもう待ち会をやらなくていいんだ」と。僕の回は芥川賞が該当作なしだったので、取材が集中して1か月で100件くらい受ける羽目になったんですが、僕がそのことで文句を言ったら、逢坂さん、「お務めだと思ってくれ」と(笑)。

逢坂 文壇のために、ってね。無責任なことを申しました(笑)。でも、芥川賞直木賞は、やっぱり別格だよね。私のと(*4)は、どうだったっけ……(資料を見て)選考委員が池波正太郎、井上ひさし、藤沢周平、山口瞳……わぁ、大作家ばっかりだ。

池井戸 逢坂さんの頃も、受賞後に選考委員に挨拶するという習慣があったんですか?

逢坂 あったよ。選考委員が集うクラブに行って大先生たちと親睦の機会をもたせていただくんだけど、あんまり覚えてないなぁ。変な習慣だったよね。

池井戸 僕は、行ったらすぐに北方(謙三)さんに「人がたくさん待ってるんだろ? 早く帰れ」って言われて、挨拶だけして、そそくさと失礼しました。たぶん北方さんのほうに、どこか行きたい場所があったんじゃないかな(笑)。でも文壇って、他の業界の人からすると、すごく特殊な世界に見えるらしいですよ。ある文学賞の授賞式に出席したテレビのプロデューサーによると、他社のプロデューサーが大勢いて、そこに俳優がゾロゾロ集まるようなパーティーはテレビ業界では絶対にありえないと。「皆さん、仲がいいんですね」と言っていました。

逢坂 そんなふうに見えるんだね。文学賞が人生を左右するとは思わないけど、どの作家も、最初は賞に応募するわけだもんな。新人賞をもらって、何本か短い作品を書かせてもらっているうちに、だんだん作家らしくなっていって……私は二足のわらじでサラリーマンもやっていたから、好きでやっているうちにこうなったという感じで、あんまり文壇で苦労した感覚はないですね。原稿料より給料のほうがずっと高かったし。

池井戸 僕は、江戸川乱歩賞をもらったときは、すごくうれしかったですよ。本が好きで、ずっと作家になりたかったのに、銀行勤めをしたりして、なかなかそっちの方向へ行けなかったから。賞をもらって、ただの本好きの一般人だったのが、一夜にして作家という肩書きを得ることができた。それは、自分にとってすごく大きな変化でした。