「何しろ、ここはスーパーナチュラルな場所やでね」
都会の暮らしに疲れ、豊かな自然に囲まれた山村に移住したミステリー作家が、消防団への入団をきっかけに巻き込まれたのは、のどかな町を揺るがす一大事件。土地に宿る因縁と密かに進行する危機、その顛末(てんまつ)を人間の運命の不思議さと哀しさを軸に描き出した池井戸潤さん初の”田園ミステリー”『ハヤブサ消防団』(集英社刊)は、昨年9月の刊行以降、その大いなる新鮮さが話題になっています。そして、早くも連続ドラマ化が決定! 7月13日の放送開始を前に、東京都内の撮影スタジオを見学した池井戸さんに、あらためて本作での挑戦とドラマの見どころについて伺いました。
構成/大谷道子 撮影/大槻志穂
ハヤブサがリアルに立ち上がった
――順調に撮影が進んでいるドラマ『ハヤブサ消防団』(テレビ朝日系列・7月13日より毎週木曜夜9時放送)。 本日見学したのは、中村倫也さん演じる主人公・三馬太郎をはじめとする消防団の面々が夜な夜な集うハヤブサ地区唯一の居酒屋「△ (さんかく)」のスタジオセットでした。ご覧になって、いかがでしたか。
池井戸 まず、すごく大きくて立派な店になっていたので驚きました。小説『ハヤブサ消防団』の舞台である八百万(ヤオロズ)町は、僕が生まれ育った場所をモデルにしていますが、登場する場所や人物のディテールについては、いつもそんなに明確に見えているわけではないんです。ただ△については、たまに行っていた居酒屋のイメージが最初からハッキリと頭にあったので……。夫婦で切り盛りしているこぢんまりした店を思い浮かべていましたが、カウンターだけでなく広い座敷まであって、あれではとても2人では無理ですね(笑)。店員が3、4人は必要でしょう。
でも、いい雰囲気だったし、居酒屋のテーブルに置かれているメニューやお酒のラベル、壁の張り紙といった細部まで実によく作り込まれていて、さすがだなと。スタッフの皆さんの熱のこもった仕事ぶりが伝わりました。
――撮影していたのは、三馬を訪ねてハヤブサ地区にやってきた担当編集者・中山田洋 (山本耕史さん演)を迎えての宴会の場面。 三馬役の中村さんは、素朴な佇(たたず)まいが魅力的でしたね。
池井戸 中村さんは以前、僕の作品では『下町ロケット』(TBS系列、2015年放送)で帝国重工の若い技術者を演じてくださいましたが、今回は、本当に若い作家がそこにいるという感じでしたね。話し方もナチュラルで、ご本人から受ける印象そのままでした。
――作品に登場する〈ケイチャン〉(鶏肉の甘辛味噌煮込み)や〈アブラゲ〉(油揚げ)などのメニューも、テーブルの上に再現。藤本勘介役の満島真之介さん、徳田省吾役の岡部たかしさん、森野洋輔役の梶原善さん、宮原都夫役の橋本じゅんさん、山原賢作役の生瀬勝久さんと、消防団の面々が卓を囲んで勢揃いした様子は、壮観でした。
池井戸 昼間の撮影で、もちろん皆さん素面(しらふ)なのに、お酒が入ってすっかりできあがっている空気だったのはさすがですね(笑)。撮影が始まる前にも、スタジオ前のスペースで賑(にぎ)やかに歓談されていたのですが、その様子が本当に町の寄合いのようで、きっとチームワークのいい現場なのだろうなと感じました。
僕の作品には、とにかくおじさんがたくさん出てくるので、これまでのドラマや映画に登場したキャラクターと印象がかぶらないようにキャスティングするのは、きっと大変なことだったと思います。舞台出演経験が豊富な方々が多く、大声でガヤガヤ話していても、逆に声を潜めて会話していても一人一人の台詞(せりふ)がハッキリと聞き取れるのは、皆さんの力量なのだろうなと感じました。個人的には、コロナ禍に上演された舞台『大地(Social Distancing Version)』 (三谷幸喜作・演出、2020年)で拝見した山本耕史さんの演技が印象に残っていたので、お目にかかるのが楽しみでした。
――スタジオは居酒屋の場面のみで、あとのすべては八百万町ハヤブサ地区をイメージしたロケ地での撮影。 太郎が住む〈桜屋敷〉も素晴らしい建物が見つかったとのこと。 ワクワクします。
池井戸 プロデューサーからときどき「今、こんな感じです」というロケ地での動画が送られてきたのですが、それを見ると、消防団の活動の場面で可搬ポンプを持って中腰のまま走ったりしていて、大変だっただろうなと思いました。第一の殺人が明らかになる第1話は、山奥の滝まで行って撮影されるなど、頭が下がります。きっと力強く説得力のある映像になっていることと期待しています。
原作者にとって、スタジオ見学やロケ地の様子を知るというのは、どこかアトラクションを見に行くような感じです。頭の中で描いていた景色が 「ああ、こんなふうになったんだ」と。ですので、放送時はいつも純粋に、いち視聴者として楽しんでいます。