「旧姓の法制化」こそ戸籍制度を「崩壊」させる

中村 今回の本は早く出したかったんです。高市政権になって、旧姓の通称使用の法制化(以下、旧姓の法制化)が進められようとしているでしょう? もしそれが通ったら、夫婦別姓が実現する芽はほとんどなくなってしまうという、強い危機感がありました。

井田 旧姓の法制化には、私も反対です。選択的夫婦別姓についての本質的な議論をしようとしても、いつも旧姓使用の拡大を理由に阻まれてきました。ついに「法的根拠のない氏名では用が足せない」ことを反対派が認めたのが、この旧姓の法制化だと思います。一見便利なように見えますが、「社会的コストをかけて、改姓したくない人にまで一旦改姓させた上に『法的な二重氏名』という前代未聞の状況をつくる」ことは、「マネーロンダリングや組織犯罪に悪用される懸念がある」と、法学者もこぞって反対しています。

矛盾を感じるのは、「旧姓使用をすれば社会的に困らない」と言っていた高市さん自身が、総裁選出馬にあたって一度離婚して、お相手が「高市」に改姓するという方法で再婚していることです。

そうやって苗字を取り戻せたから、今、総理大臣として外交文書にも「高市早苗」と署名できるわけですよね。最初から夫婦別姓という選択肢があったら、ペーパー離婚などしなくてすんだのに、と思います。

中村 彼女は矛盾だらけですよ。女性議員の集まりで、「ガラスの天井」ならぬ「鉄の天井」に「大いに穴を開けましょう」と気勢を上げていたと何かで読みましたが、「ガラスの天井」を壊すというのは、男女の対等性が保障されるようになるということです。男女平等の政策を進めているとは思えない彼女は、どんな穴を開けるつもりなのでしょう。

2026年5月8日、自民党全国女性議員政策研究会での挨拶を終え、出席者の拍手を受けて退席する高市早苗首相。挨拶の中で「みんなの力でばんばん鉄に穴をくりぬいていこう」と発言した(写真:毎日新聞社/アフロ)。
2026年5月8日、自民党全国女性議員政策研究会での挨拶を終え、出席者の拍手を受けて退席する高市早苗首相。挨拶の中で「みんなの力でばんばん鉄に穴をくりぬいていこう」と発言した(写真:毎日新聞社/アフロ)。
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井田 たぶん彼女にとっての一番の優先事項は、保守系の支持母体に議席を守ってもらうことなのだと思います。でも、高市さん自身は今、さまざまな矛盾で苦しくなっているんじゃないでしょうか。

中村 そうだったらまだ希望はありますけど、苦しくなってはいないと思いますよ。真面目に考えていたら、旧姓の法制化のような矛盾だらけのことは言わないでしょうから。

彼女は「選択的夫婦別姓を導入すると、戸籍の根幹が揺らぐ」と主張しますが、私の考えでは全く逆です。そもそも、戸籍は「こういう人間が日本人として存在します」ということを登録して、国家がその人が持つ義務や権利を認めるためのものでしょう?

もし通称使用の範囲を拡大したら、社会的に認められているのとは違う名前が、戸籍に記載されることになります。戸籍は国民を把握する帳簿として信頼できるものでないといけないのに、それを揺るがす事態になりますよ。

井田 おっしゃる通りです。高市さんがやろうとしている旧姓の法制化は、住民基本台帳法の改正です。マイナンバーカードや住民票に記載される「通称」を「法的に運用」できる方向で進められようとしていますが、住民票の氏名に法的効力があり、家族関係も書いてあるなら、「じゃあ戸籍はいらないんじゃない?」となりますよね。それこそ、戸籍制度崩壊に繋がりかねないのではと思います。

自維政権合意書では「社会生活のあらゆる場面で旧姓使用に法的効力を与える制度を創設する」としていました。ところが「もし旧姓が単独で法的に使えるとなったら、妻が夫の苗字を使う機会 もほぼなくなってしまう」ことから、言い出しっぺの日本会議が旧姓の単記に反対し始めて、与党内で「併記」と「単記」で揉めています。氏名を維持したい人には、最初から「戸籍上の氏名を維持する」選択肢さえあれば、それで済むのに。

中村 そう、絶対おかしいんですよ。さっきも言ったように、明治時代に戸籍を作って、家族全員に同じ苗字を名乗らせて、それを変えないようにしたのに、通称使用を拡大していったら、それが成り立たなくなります。だから、高市さんは何も考えていないんじゃないかと思うわけです。

井田 旧姓の法制化を進めようとする人たちは「旧姓が認められる場面が増えれば便利になりますよ」と言います。でも、背景にはその利便性を盾に「私は私でありたい」という女性たちのアイデンティティーを奪い、従属を求める意図があるのではないでしょうか。

中村 だから、選択的夫婦別姓が何のために必要なのかという原点を議論することが大事なんです。

構成/加藤裕子 写真/五十嵐和博

後編に続く

選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか
中村 敏子
選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか
2026/7/17
968円(税込)
192ページ
ISBN: 978-4087214208
【「家制度」の開始から約130年。突破口はここにあった!】
明治期に始まる「家制度」により夫婦は同じ姓を名乗ることとされた。そして今でも多くの女性が結婚により改姓を迫られている。戸籍と民法が作るこの構造は、夫婦間だけでなく、日本社会全体でも男性優位の状況を作り出してきた。この現状をどう変えていけばよいのか。
福沢諭吉やホッブズを専門とする著者が、政治思想的アプローチをもとに、フランスの婚姻制度なども参照しつつアクチュアルな問題に迫る。「選択的夫婦別姓」をめぐる議論が進む今、必読の一冊。

◆目次◆
第一章 女性差別の問題をどのように考えるか
第二章 江戸時代
第三章 明治から第二次世界大戦時までの変化
第四章 終戦から現代までの変化
第五章 女性をめぐる現在の問題(1)――「戸籍」
第六章 女性をめぐる現在の問題(2)――「性別分業」
終 章 どのような社会を作るか――「ユートピア」の意味
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