中村敏子氏(左)と井田奈穂氏
中村敏子氏(左)と井田奈穂氏
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戸籍の何が問題なのか

井田 前編の最後に「原点を議論することが大事」というお話がありました。そこで改めてうかがいたいのですが、先生は今の戸籍のどのあたりに問題があると思われますか?

中村 やっぱり、女性が名前を変えないといけないというところ、それから戸籍筆頭者ですね。それによって、戸籍の一番はじめに書いてある人、つまり夫が家族の代表だという観念を植え付けているわけですから。

井田 これは私の個人的体験から実感したことですが、戸籍筆頭者の氏名を戸籍のインデックスにするという仕様は、そろそろ寿命を迎えているのではないでしょうか。

私たち夫婦は再婚同士で、最初は事実婚のままでいいと考えていました。でも夫が入院したとき、事実婚のままでは、妻として私が医療同意をすることができなかったんです。そこで法律婚に踏み切ったのですが、そのときに苗字をどうするかで悩みました。

私は、前の夫の苗字でキャリアを積んできたことと、子どもたちに望まない改姓をさせてしまうことを防ぐ目的で、離婚後も初婚の氏を維持する選択(婚氏続称)をしました。もし私が再婚で戸籍筆頭者になると、今の夫は私の前の夫の苗字となり、病院ではその名前で呼ばれることになってしまいます。病気の彼にとってそれはあまりに暴力的だと思い、私の方が夫の苗字に変える決断をしました。

ところが再婚後、戸籍謄本を取ってびっくりしたのは、彼の前妻の本籍からご両親の名前、いつ何歳で結婚したかなどの情報が、私より先に書かれていたことです。知りたくもない個人情報が筒抜けになっているということはもとより、戸籍上、まるで前妻が第一夫人で私が第二夫人のような扱いになっているのがとてもショックでした。

戦前はお妾さんも同じ戸籍に入れられていた時期があったそうですが、今も似たような構図が続いているわけです。

中村 遺産相続で戸籍謄本を取り寄せると、今まで知らなかった祖父母や両親の秘密が明らかになったりして、びっくりしますよ。

井田 私のケースでは逆のパターンもあり得て、夫の前妻が相続などで、初婚時の戸籍謄本を取得する機会があったら、私の戸籍情報が彼女に全部わかってしまうことになるんですよね。

4組に1組が再婚の時代、ただのインデックスである戸籍筆頭者に、そこまでいろいろな情報が紐づけられることもおかしいし、同じ男性と結婚しただけの知らない人に、自分のプライバシーが暴露されてしまうのは不条理です。「これって、個人情報保護法に違反するんじゃないですか?」と役所の戸籍課に聞いたところ、「それが戸籍です」と言われました。

そこで教えられたのですが、再婚前に本籍地を変えておけばそういう事態は防げるそうです。たとえば私たちが今住んでいる場所に夫が転籍し、私がそこに“入籍”する形で再婚すれば、前妻の情報は入らない新しい戸籍として扱われるということですね。実際、皇居や初デートで行った遊園地を本籍地にすることもできるわけで、結局、本籍も有名無実化していているのだと実感しました。

中村 今回の本の中にも書きましたが、明治の初め頃の戸籍は、ある人が住んでいる場所を把握するためのものでした。でも産業化が進むにつれて、戸籍の住所と異なる土地に住んで働く人が増え、戸籍は単に親族関係を紐づけるものに変わっていったんです。その結果、戸籍に表示されている「家」は現実の家族を反映したものではなくなり、戸籍に定められた「家制度」は「家族はこうあるべきだ!」というイデオロギーとしてはたらくようになりました。それが今に至るまで続いているということですね。

戸籍は人々の家族観に大きな影響を与えていますから、その差別的な面を変えていくことが重要なのだと思います。とはいえ、やっぱり170年も続いてきたものですから、一朝一夕というわけにはいかないでしょう。ひとつずつ変えていくしかありません。

井田 私もそう思います。現実に発生している戸籍の矛盾に対して、「それってリスクじゃないですか?」と、地道に言い続けることが必要ですよね。