経済成長を疑ってみる

ここでは成長至上主義、つまり資本主義のあり方について少し距離を置いて見つめ直してみたいと思います。選ばない消費は、経済成長が鈍化した時代を生き抜くために生まれた知恵です。もし私たちが資本主義の影の部分について、もっと早く深く考えていれば、別の道を選べたのかもしれません。

資本主義とは、簡単にいうと、あらゆる物やサービスに値段がつく仕組みです。そして値段がついた物をより多く持つほど、豊かだとみなされるようになります。プナン族は物を持たない人を賞賛しましたが、それと逆の発想で、物をより多く持っている人の信用力が上がります。そこで、その信用力を原動力として、その人に物が集まるようになります。

これが、富が富を生むといわれる構造です。たとえば株式市場では、ある企業の業績が良かったり、優良な老舗企業を買収したという情報が伝わると、その株が買われ、ますます信用力が高まります。こうした循環を生むのが、資本主義の特徴だといえるでしょう。

ただ、この構造から生まれてしまうのが、格差という問題です。この点にいち早く気づいたのが、一九世紀を生きたマルクスやプルードンでした。彼らは農場で働いている人より農場のオーナーの方が報酬が多いことに疑問を持ち、所有は収奪である、と唱えました。こうした思想が社会主義を生み、それが共産主義という経済構造へとつながっていったのです。

もっとも、ソビエト連邦の崩壊が象徴するように、共産主義は理想通りには機能しなかったと考えられています。中国も国家体制としては一党独裁の社会主義を掲げていますが、鄧小平が打ち出した「先富論」以降、私有財産が認められ、株式市場も整備されているため、経済の仕組みは実質的には資本主義に近いといえるでしょう。

しかし、資本主義もまた機能不全を起こしているのではないか、という問題提起が近年、さまざまな角度からなされるようになりました。

資本主義は格差を生み出す、と指摘しましたが、実際のデータを見てみましょう。OECD(経済協力開発機構)の統計では、日本は所得格差を示すジニ係数が先進国の中でも比較的高い水準にあります(図表29)。

書籍『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』より
書籍『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』より

厚生労働省「国民生活基礎調査」でも、相対的貧困率が大きく改善しているとはいえず、分配の偏りが根深い問題となっているのが現実です(図表30)。

書籍『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』より
書籍『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』より

2014年には、フランスの経済学者トマ・ピケティが著した『21世紀の資本』が世界的なベストセラーとなりました。ピケティは、富は再分配されない、トリクルダウンは起こらない、と指摘し、格差を克服するために「資本税(いわゆる富裕税)」の導入を提唱しています。

2007年にはカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン』を上梓し、現代の資本主義を惨事便乗型資本主義と称しました。これは災害や戦争などパニックが起きたときに、その混乱を利用して資本家が行う収奪を暴いたものです。

たとえば、2004年に発生したインドネシア・スマトラ島沖の地震では、被害に遭った沿岸の集落がその後リゾート地へと姿を変え、もともと住んでいた人々が土地を失いました。こうした状況こそがショック・ドクトリンと呼ばれるものの典型だといえるでしょう。

日本でも、水野和夫さんの『資本主義の終焉と歴史の危機』や、先述の斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』といった著作が大きな注目を集めました。これらの本で繰り返し指摘されているのも、資本主義が抱えるさまざまな限界や弊害です。

『人新世の「資本論」』(集英社刊)
『人新世の「資本論」』(集英社刊)
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特に水野さんは、経済成長をしても金利が動かない状況を捉え、日本はすでに資本主義の成長段階を終えつつあるのではないかと述べています。つまり、かつてのように、富が富を生むという構造が、この国ではもはや機能しにくくなっているのかもしれません。

そもそも、マルクスの時代と同じように格差に苦しむ人々がいることを考えれば、こうした流れはある意味、当然の帰結なのかもしれません。このように、選ばない消費が生まれた背景には、資本主義そのものが少しずつ機能不全を起こしている現実があります。

これからも選ばない消費を続けていく上では、「資本主義がどこかで行き詰まりを見せているのではないか」という認識を、心の片隅に置いておくことが大切でしょう。

もっとも、資本主義の有力な代替とされていた共産主義も、その後の歴史の中で行き詰まりを重ねてきました。

だからこそ、資本主義はさまざまな限界を抱えたまま、これからも続いていくはずです。私たちは、その影響を無防備に受けないように、選ばない消費に向き合っていくことが重要なのかもしれません。

文/久我尚子

選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観
久我 尚子
選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観
2026/6/17
1,144円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4087214154
情報があふれ膨大な数の選択を迫られる現代社会。
「選ぶことから解放されたい」という感覚は、音楽のストリーミングやファッションのサブスクサービス、生成AIによる最適解の形をとって、若者だけでなく全世代に波及している。
シンクタンクで消費者行動に関する調査・研究に取り組む著者は、その行動を「選ばない消費」と名付けた。
なぜ私たちは「選ばない」ことを選ぶようになったのか。「選ばない消費」にはどんな可能性があるのか。
その実態と背景を解き明かし、私たちの暮らしや価値観のゆくえを考察する。

【目次】
はじめに
第一章 選ばない消費とは何か
第二章 私たちが選ばなくなるまで
第三章 選ばない消費の良いところ
第四章 選ばない消費の意識調査
第五章 選ばない消費は賢い消費なのか
第六章 選ばない消費の今後
おわりに
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