「『血の通ったプロセスの共有』にこそ、人が語る法話の唯一無二の価値がある」

それでは「法話」の方はどうだろうか。法話は、僧など仏教に携わっている人物が、仏教の教えに基づいた話を一般向けに分かりやすく説くことをいい、お葬式などで聞いたことがある人が多いだろう。

同寺では「法話アプリ」の開発を行なっている。日常の写真をアップロードすると、親鸞聖人の教えを学んだAIがその風景に隠された仏教の視点を見出し、法話を届けてくれるというものだ。

「現代社会を生きる私たちは、常に『正解』や『効率』を求められ、そこからこぼれ落ちる迷いや停滞をバグのように切り捨ててしまいがちです。

かつてお寺が担っていた、そうした世間一般の物差しから離れて一息つける『避難所』を、現代の人々が最も時間を費やすデジタルの世界にも築けないかと考えたのが、AIを活用したアプリ開発の原点です」(大矢住職)

しかし、法名支援アプリと同様に、生身の人間にしか担えない役割があると大矢住職は訴える。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
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「人間の深い悲しみや死の淵における苦悩は、論理的な納得だけでは癒やされません。同じように苦悩を抱えた生身の人間が、己の論理の限界や言葉の虚しさに傷つき、共に立ちすくみながらも、彼岸からの温かい眼差しに共に出遇(であ)っていくこと。この『血の通ったプロセスの共有』にこそ、人が語る法話の唯一無二の価値があると考えています」

AIが「本質」に成り代わることはない――では、さらなるAIの普及が予想されるこれからの時代において、仏事や伝統のあり方はどのように変化していくのか。

大矢住職の予測は「二極化が進む」というものだ。

「単なる事務手続きや形式、あるいは情報の処理としての法話や法名は、より安価で効率的なデジタルやAIに代替されていくでしょう。しかしそれは決して悲観すべきことではなく、むしろ『お寺の本質』があぶり出される好機でもあります。

形式的な部分がデジタルに移行するからこそ、人間である僧侶に求められるのは、効率化の対極にある『無駄とも思えるような、非効率で血の通った関わり』になります。

AIという『手のひらの駆け込み寺』が物理的な距離を越えて新しい仏縁を紡ぎ、それを入り口として、最終的には生身の人間が響き合う『リアルな駆け込み寺』へと結びついていく。

古くからの伝統という『幹』を何よりも大切にしながら、現代の道具という『新しい枝葉』を恐れることなく伸ばしていく。そのバランスを保ち続けることで、テクノロジーは人間の心を孤立から救うための、温かいツールになり得ると信じております」

AI時代の宗教がこれからどうなっていくか、注目していきたい。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班