終わらない危機への「深い絶望」
──新著『人新世の「黙示録」』(集英社)からは、現在の状況に対するきわめて強い危機感が感じられました。タイトルにある「黙示録」も終末論的な響きがあります。あえてこうした言葉遣いに踏み込んだのはなぜでしょうか。
斎藤幸平(以下同) それはやはり、現状に対する深い絶望があるからです。コロナ禍の中で『人新世の「資本論」』が出て、想定以上に多くの読者に受け入れられました。当時、私が期待していたのは、日本でも世界でも、コロナ禍での混乱を踏まえて社会が反省し、少しは良い方向に進むのではないかということでした。そこで前著では、私たちは文明と野蛮の岐路に立っているという認識を提示したうえで、「脱成長コミュニズム」という新たな社会像を構想しました。
しかし、この5年間を振り返ってみると、「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」のような動きは早々に潰されてしまい、ウクライナとロシアの戦争、ガザのジェノサイド、そして現在も続くアメリカ・イスラエルによるイランへの攻撃など、力によるむき出しの支配が横行しています。厳しい環境の中で「自分たちが良ければいい、自分たちだけが生き残ればいい」という気候ファシズムの未来へ、どんどん足を踏み入れてしまっていることに深い絶望を感じたのです。
『人新世の「黙示録」』はドイツに一年、滞在して書いていたのですが、最先端の気候変動問題の知見や社会運動から学べるという見込みでした。しかし、時期がちょうどイスラエルによるガザ侵攻と重なり、ドイツでさえ、イスラエルを擁護する欺瞞的な対応をとったことに強い落胆を覚えました。
もはや、ある種の野蛮は避けられない。しかし、諦めたらそのままファシズムに飲み込まれてしまいます。そうではない道を探ろうとして書き上げたのがこの本です。
──本の中で「文明の危機は気候崩壊によって、フェイズⅡに突入した」と語られています。これは斎藤さんの状況判断ということですか。
そうです。気候変動に関しては、パリ協定で定めた「1・5度目標」「2・0度目標」がうまくいくか、いかないかという危機の段階が「フェイズⅠ」でした。2020年代前半は、資本主義の経済成長至上主義を自発的に手放し、気候崩壊を防ぐことができたかもしれない最後のチャンスでした。
しかしすでにパリ協定は実質的に破綻し、私たちは不可逆的な形で地球の限界を大きく超える時代に突入していきます。事態が悪くなったきりの、絶対に戻れない状態が「フェイズⅡ」です。もはや、経済成長を続け、物質的な豊かさを享受するという「近代社会の大前提」が維持不可能になってしまったわけです。













