パンダ復活の最初の関門は、石原慎太郎都知事だった
「パンダを呼んでくれって石原知事にお願いしたんです。『上野を助けてくださいよ』と。すると石原さんからは『クマだろ』『なんでその動物にこだわるの』と返ってきました」
そう話すのは上野のアメ横商店街で父の跡を継いで菓子屋などを展開する二木(ふたつぎ)忠男さんだ。
上野の約1100の店舗を束ねる上野観光連盟の会長だった二木さんは、パンダ復活の意味を当初は十分に理解していなかった知事が、結局は要望を聞いてくれたと振り返る。二木さんが今も覚えているのは石原知事の「和歌山行って見てこいよ。ご神体じゃあるまいし、なんで上野にいなきゃいけねえんだよ」という言葉だ。
「和歌山」とは、当時パンダがいた南紀白浜アドベンチャーワールドを指す。
「自分には熱意があった」という二木さんはあきらめずに知事の説得を続ける。やがて石原知事の口から「お前、しつこい。なんでパンダ、パンダってさ、そんなに商品価値のある動物なのか?」という言葉が出る。
「そうです、って言いました。『おっしゃる通り、この動物は大変奇異な動物で、見方によってはクマの目に色をつけただけですけど、動きが緩やかで非常に穏やかな気分にさせてくれる種類なんです。癒しなんです』と説得しました」(二木さん、以下同)
このころ、「パンダはいるか、いらないか」について東京都に寄せられる声は4対6で「いらない」が優勢だったという。
「この情報を知事の秘書から教えてもらったので賛成の声を都に届けるようあちこちに働きかけ、賛否は7対3で逆転しました。それでリース費用や飼育の予算が都議会を通る見通しになり、石原さんもオッケーしました。
でもあの人はありがたいです。中途半端なところがなく、一回オッケーしたらとことんやってくれましたから」













