「女性の安全」と排外主義
2015年の大晦日にドイツで発生した「ケルン事件」は、極右勢力によるフェミニズムの取り込みを考えるうえで、重要な事例である。
事件の発端は、2015年の大晦日にケルン中央駅周辺にいた多数の女性が、性被害や窃盗被害を訴えたことにあった。当時のドイツでは難民受け入れが大きく拡大していたこともあり、事件直後、警察やメディアは加害者像を「アラブ系男性」と結びつけるかたちで報じた。こうした報道は広く拡散し、アラブ系男性の移民・難民全体が「ドイツ人女性に対する潜在的脅威」として急速にスティグマ化された。その結果、社会はモラル・パニックとも呼べる状況に陥った。
しかし捜査が進むと、事件に関連して刑事手続で立件・処罰に至った事例の多くは窃盗・盗品関係であり、性的強要で有罪となったのは2人にとどまった。また容疑者の国籍も一様ではなく、極右勢力が流布したような「2015年に入国したシリア難民による組織的性暴力」といったナラティブは、実態とは大きく乖離していた。
さらに、大規模イベントにおける性暴力は、ケルン事件以前から存在していた。たとえば、毎年開催されるオクトーバーフェストでは、届け出のないレイプが200件以上発生していると推計されている。それにもかかわらず、ケルン事件だけが国際的スキャンダルとして大きく扱われたのは、加害者像が「アラブ系男性」として選択的に可視化されたためである。
ケルン事件は、女性に対する暴力という深刻な社会問題が、いかにして政治的資源として道具化されうるのかを示している。フランスでも、この事件を受けてマリーヌ・ルペンは、自身の政党を「女性の安全を守る政党」として強調した。
通常、極右政治においてはほとんど見られないフェミニスト的言説が、このときには人種差別的主張を正当化するために用いられたのである。その結果、議論の焦点は性暴力そのものよりも、「非白人男性が性犯罪者である」という表象へと移されていくこととなる。













