阿部定のその後
裁判となったが、阿部定は行為の最中、主人に「もっと絞めろ」と命令されたから絞めていたことがわかり、過失致死となり懲役7年の判決を受けた。あくまでも過失であって殺人罪で刑務所に入ったのではない事実に注目したい。
しかも獄中の態度がよかったため、彼女は5年ぐらいで出所したという。その後、彼女は名前を変えるなどして隠遁生活を送っていた。
しかし当時のマスコミも、彼女を格好のネタとして見逃さなかったようだ。度々雑誌などで取り上げられ、そのうち自分の劇団を作り、事件を劇にして自ら演じたり、料亭を開くなどして余生を送った。料亭はかなり流行ったと聞く。大島渚監督の『愛のコリーダ』という映画はこの事件を題材にしたものだ。
昭和の初めに、女性が男性を殺し、その男性のシンボルを切って持っていた残虐な事件。
この事件はその衝撃的な部分が関心を引くので、今の世でも猟奇事件のごとく伝えられているが、実際は、過失致死で死なせてしまった「愛する人を誰にも渡したくない」ための行動であったのだ。
前述したように、私の検死経験の中でも、一例だけ女性が男性のシンボルを切った事件を扱ったことがある。
なぜわざわざ男性のシンボルを切り取ったのか。
この場合も、その理由がはっきりわからず、行為そのものを見ると残忍な猟奇事件に思える。
ところが当事者である犯人は、阿部定と同様、「好きな人、大切な人のシンボルだから、ほかの女性には触らせたくない」という女心で切断しているのである。恨みから及んだ犯行ではないのである。













